彼が愛したケーキ職人
オフィル・ラウル・グレイツァ監督  

   物語は前半がベルリン、後半はエルサレムで展開される。最初のうちは、ケーキ屋のお兄さんと客の関係かと思っていると、実はそれだけではなかった。 エルサレムから出張でベルリンに来ているオーレン(ロイ・ミラー)は、いつもトーマス(ティム・カルクオフ)の店でケーキを買って故国に帰る。オーレンには妻子がいる。家族は大切だと言っている。ある時、オーレンがまた1ヶ月後にと言って帰ったまま、音信がとれなくなった。 そこでトーマスはオーレンの故国に行ってみると、オーレンは妻と別居した直後に交通事故で死んでいた。

   エルサレムでは妻のアナト(ティム・カルクオフ)が小さなカフェを営んでいた。トーマスはカフェの客になり、いきさつを伏せて店員として採用される。しかし、彼は菓子職人のプロである。たちまちアナトの心をつかんで、カフェでお菓子を提供するようになる。お菓子のおいしさで店の売り上げがのび、アナトも彼の手腕に頼るようになる。 同時に2人は雇い主と職人の関係を超えて、男女の仲になっていく。

   エルサレムはユダヤ教のメッカ。カフェの営業にも宗教的な縛りが厳しく、親族も未亡人には何かと世話を焼く人が多い。やがてアナトもトーマスの経歴を知り、オーレンとの関係にも気がつく。そんなとき、外国人を雇ったことで、カフェの認定が取り消される。トーマスは叔父のモティ(ゾハル・シュトラウス)から、ベルリンへ帰るよう強制される。 しばらくしてアナトがベルリンへとやってきて、トーマスの店を見るシーンで映画は終わる。

   トーマスはふっくらとした体型で、オーレンは骨っぽく男性的である。トーマスは完全な成人だから、ホモ関係ではなくゲイだとは思う。しかし、年上のオーレンが年下のトーマスに挿入する関係を描いており、関係はホモっぽいように感じる。しかし、今までのゲイ映画とは少し違うように感じる。 今まではゲイは差別されている、ゲイも同じ人間だと言った差別批判のものが多かった。

   この映画では、オーレンには妻子がいる中で、トーマスと関係をもつ。オーレンの死後には、トーマスはアナトと関係を持つ。しかも、オーレンの母親ハンナ(サンドラ・シャーディー)は、息子がゲイであったことを知っており、トーマスがその相手であることを認めている。トーマスにとても優しいのだ。 アナトはオーレンの心変わりを知って、家から追い出すが、相手が男であることを知っていただろうか。

   映画はその辺りを描いてはない。ここからは想像だが、ベルリンに愛人が出来たと知って追い出したが、相手が男だと知って2人を許したように感じる描き方だ。反差別と言った感じはまったくなく、むしろ男2人と女の関係を楽しんでいる感じさえする。 オーレンが死んでいなければ、3人は良き関係を築けたのではないだろうか。そんな感じさえする。

   ゲイはどうしても異性が愛せずに、同性にしか志向が向かないといわれる。多数派のストレートとは、別種の生き物のように見られてしまう。ゲイの人権確保のために、ゲイは生まれつきなのだと、ゲイたちも主張しがちである。 そのため、ゲイとストレートは対比的に描かれることがおおい。しかし、この映画では実に調和的である。

   オーレンとトーマスは今でこそゲイの関係である。しかし、オーレンは一度は妻子をもった。しかも、トーマスもアナトに迫られて男女の関係を持った。 2人の男性たちは、女性がまったくダメというわけではなく、たまたま好きになったのが男性だったに過ぎない感じである。かといってバイではない。

   妻子ある男性が他に恋人を作れば、妻が怒るのはもっともだろう。一夫一婦制の正義は完璧なのだ。相手が男性であっても、妻は夫を追い出すの当然だ。しかし、ちょっと待って欲しい。この映画はゲイなら三角関係は可能ではないか、と言っているようにさえ感じる。

   オーレンが死んでしまったので、その後の展開は読めない。しかし、捨てられたはずのアナトが、ベルリンのトーマスの店をとてもあかるく見ている。しかも最後には微笑みさえもらすのだ。おそらく監督はゲイだと思うが、ゲイの間口が少し広がってきたように思う。ゲイとストレートを対立的に捉えなくても良い、と言いたいのだろう。
原題は「The Cakemaker」 2017年イスラエル=ドイツアメリカ映画 
(2018.12.3)

 
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