タクミシネマ       シリアナ

☆☆ シリアナ   スティーブン・ギャガン監督

 何度もフィクションだという文字が入るが、CIAの工作員を主人公にした、実話だと思えてくる。
複雑な展開で、中盤になっても、どのように物語が進むのか、皆目見当がつかない。
細かいエピソードを、少ないセリフで、たんたんと積み重ねていく。
それが終盤になるに従って、すべての伏線が立ち上がって、みごとに物語を結末へと導く。

シリアナ [DVD]
公式サイトから

 舞台は中近東だが、アメリカ国内の各地、スイスやパキスタンなどなど、カメラは世界各地を移動する。
その上、登場人物も多い。
アラブの歪な貧しさがよく判り、テロへの道筋も上手く描かれている。
アメリカの石油需要よって、世界中が振りまわされる。
この映画は、石油戦略をめぐる中近東情勢に対する、ハリウッドの良心といったところだろうか。

 CIA工作員のボブ(ジョージ・クルーニー)は、長年アラブでの諜報活動にかかわってきた。
彼はアメリカの利益のために働いてきたつもりで、その間、人を殺したこともあった。
現場が長かった彼には、CIA本部にはコネがなかった。
彼は王位継承者であるシナール王子(アレクサンダー・シディグ)の、暗殺指令を受ける。


 中近東のこの国では、年老いた国王が、2人の息子のどちらかに王位を譲ろうとしていた。
長男のシナール王子は、近代主義者の正義派である。
彼は国民が貧しいのは石油の利権が、充分に活用されていないからだと考えている。
エネルギー・アナリストのブライアン(マット・デイモン)をつかって、中国に接近するなど中立的な政策を採ろうとした。

 シナール王子は、テキサスのコネックス社との、天然ガスの契約を破棄し、中国へとむけようとする。
アメリカは彼の中立的な政策を歓迎しない。
同じテキサスのキリーン社は、同じ頃カザフスタンの権利を入手する。
そして、両者は合併しようとするが、その裏には非合法な取引があった。
しかし、アメリカの石油戦略からは、それを黙認する必要があった。

 映画は、コネックス社とキリーン社の合併、
合併をめぐる石油会社と司法省との抗争、
王国の後継者争いとアメリカ人フィクサーとの絡み、
王国への暗殺指令とciaの関係、
王国での外国人労働者の日常とテロへの繋がり、
シナール王子へのエネルギー・アナリストの食い込み、
エネルギー・アナリストの息子の死と家族関係などなど、
膨大な場面をボブの存在をとおして、辛うじて一つにして見せている。
物語が複雑でありながら、その展開は実に密実で、とても説得力がある。

 王国には、シナールの弟メシャール(アクパール・クルサ)がいた。
次順位の皇位継承者だが、彼ならアメリカとの利権に飛びつくと考えたフィクサーは、
政府やCIAなどに手を回して、王位継承に介入する。
そして結局、CIAがシナールを暗殺して、アメリカが利権を手にする。
御用済みとなったボブは、シナールもろとも暗殺されてしまう。

 アメリカの正義を追及することは、アメリカにとっては良いことだろう。
しかし、アメリカにとっての正義は、個々のアメリカ人にとって、必ずしも正義ではない。
もちろんアメリカ人以外にとっては、大迷惑どころか、犯罪ですらある。
アメリカの正義のために働く人と、その狭間で抹殺されていく人の絶望感を、この映画は感傷を排して実によく見ている。


 政治の世界は非道である。
エネルギーをめぐって、世界中が争っている。
政治のリアリズムをふまえながら、この映画は人間の叫びを、映像化しようとしている。
政治の前には、人道主義はあまっちょろいが、
それでも人道主義こそ寄るべき価値観だと、そっと訴えかける。
多くの映画は、主人公の希望は実現され、めでたしめでたしで終わるのが常である。
この映画は正義が負け、悪が勝つが、単にそれだけではない。

 工作員ボブに息子を登場させるし、CIAの同僚にも家族がいることを、しっかりとおさえている。
御用済みとなったボブだって、かつてはCIAの仲間だった。
しかし、組織が彼を不必要と判断したとき、同僚たちも彼から距離をとらざるを得ない。
誰にでも生活があり、組織に従わなくては生きていけない。
それはアラブの人間も同じであり、そのためにテロへと旅立っていく。

 この映画が描くテロリストは、普通のアメリカ人の裏返しに過ぎず、けっして特殊な人たちではない。
誰にでも生活があるから、工作員にもなり、テロリストにもなるし、
エネルギー・アナリストにも石油会社の弁護士にもなる。
各人は各人の位置で、日々の生活を続けることが、一方でテロリストに帰結し、一方で堅気の職業人に帰結するのだ。

 個人的に悪い奴がいるわけではなく、
日常での日々の生活の追求が、それぞれの主義主張へと帰結していく。
ジョージ・クルーニーとスティーブン・ソダーバーグが製作に携わっているせいでか、
アメリカのエゴが徹底的に批判されている。
この映画はきわめて公平な視線を、アラブに対して向けている。

 ジョージ・クルーニーが16キロも太って、CIAの工作員になり切っている。
映画としても良くできており、もちろん星を献上するのだが、
1つにするか2つにするかで迷っている。
この映画にオスカーが行かなかったことと、冷徹なリアリズムと人道主義に敬意を表して、
ちょっと甘いかも知れないが2つにする。
ちなみにシリアナとは、アメリカに忠実な中近東の仮想国のことだという。
  2005年アメリカ映画
 (2006.3.22)

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