タクミシネマ        オールド・ボーイ

☆☆ オールド ボーイ    パク・チャヌク監督

 しっかりした物語の構成。
執着ともいえる根気の詰まった画面、じつに力強い映画である。
気力・体力ともに充実する年齢は、おおよそ40歳である。
1963年生まれとあるから、おそらく今を盛りの監督であろう。
文句なしに星を2つ献上する。
オールド・ボーイ [DVD]
劇場パンフレットから

 1988年のこと、妻と小さな娘を持つオ・デス(チェ・ミンシク)は、理由を知らされないまま、突然に誘拐されて監禁された。
食事も与えられ、部屋の掃除もしてくれ、部屋にはテレビもある。
ある日テレビは、オ・デスの妻が殺されたことを報じる。
監禁は巧妙をきわめ、彼はどうすることもできなかった。
15年たったある日、突然に解放される。 

 15年の間に、身よりは誰もいなくなっていた。
路上で見知らぬ男が、財布と携帯電話を手渡す。
解放後、初めて入った日本料理屋で、気を失ってしまう。
娘のような年齢の女板前ミド(カン・ヘジョン)が、自分のアパートまで連れて行って、彼を介抱してくれた。
それから、彼は監禁された理由を調べ始める。
しかし、監禁された理由を探ろうとするオ・デスに、いつも誰かがつきまとっていた。


 監禁中に食べた餃子を手がかりに、監禁されていた場所を割り出す。
何と監禁はビジネスになっていた。
監禁を請け負っていた暴力団のパクを締め上げて、依頼者を聞き出す。
すると、イ・ウジン(ユ・ジテ)が浮かび上がってきた。
イ・ウジンに会うと、彼は5日間で監禁された理由を解読せよ、と迫る。
解読できれば自分が死ぬが、解読できなければオ・デスとミドを殺すという。
日時の制限をつけたのが上手い。

 ミドのところへ戻ってみれば、彼女はパクたちに縛り上げられていた。
イ・ウジンの手下が大金を持参して、2人をパクの手から介抱してくれる。
最初、ミドを疑っていたオ・デスも、これでミドを信じて、監禁された原因を探り始める。
親子ほど年齢が離れていながら、2人は心が通い肉体関係ができる。
ミドにはオ・デスが初めての男だった。

 2人は必死で探求を続け、どうやらイ・ウジンが黒幕らしいと決め、彼の住まいを突き止める。
冒頭の屋上シーンなど映画の初めから、そして5日間の展開も、じつに丁寧に展開されており、「この森で、天使はバスを降りた」のように細かい伏線がたくさん張られている。
この伏線は、最後にすべて生きてきており、緻密な映画手法の上手さに感心させられる。  

 イ・ウジンが何度も、復讐が終わったら何を目的に生きるのかと、オ・デスに問う。
ここがこの映画の主題で、生きるとは何かを裏側から、ぎりぎりと問うている。
オ・デスにとって、いま復讐が生きる糧になっているが、監禁された原因が分かったら、彼はその後どうなる。
イ・ウジンはすでに大金持ちで、生きる動機が欠けているのだろう。
しかし、オ・デスに向けられたイ・ウジンの科白は、じつはイ・ウジン自身への言葉だったことが最後に判る。


 大金持ちでありながら、イ・ウジンには女性はいない。
部下の男は、彼に忠実に仕える。
彼には生きる喜びがないようだ。
彼の生き方からは、裕福になった韓国のアンニュイが漂ってくる。
裕福でありながら気だるく、しかもストイックである。
彼の住まいは、アメリカ映画に出てきそうな豪華さ。
彼の生活は、アメリカ風の生活そのものと言っていい。
この監督がたくさんのアメリカ映画を見ていることがよく判る。

 イ・ウジンは優秀な頭脳をもっている。
きっちりと理詰めで有無を言わさずに、オ・デスを追い込んでいく。
謎解きの映画は、ネタをばらされると、なーんだと言うことが多い。
この映画もやや強引な理由付けもしている。
しかし、この映画は恐ろしい。
知って愛したのか、知らずに愛したのか、いずれにせよ極め付きのタブーである。
緻密に展開を組み立てたせいだろう、後から考えれば強引と思える理由も、映画を見ている限り自然に流れている。

 最後にオ・デスとイ・ウジンが、対面してからの謎解きも見事だし、その謎解きのための仕掛けも周到である。
そして、謎解きの最中の主客の入れ替わりが、主題の説得性を増す。
どの画面一つとっても、不要なものはないし、不足しているものもない。
短いカットや長回しがあったりと、カットの長さも小気味よく、丹念に積み上げられている。
おそらく何度も撮り直しをし、編集にも充分な時間を費やしたに違いない。

 映画のディテールも凝っている。
ちょっと思い出すだけでも、娘の誕生日に買った天使の羽根、餃子に仕組まれた中華料理店の名前、聖書の引用やモンテクリスト伯爵への言及、金槌などの小道具や写真の使い方などなど、工夫が盛りだくさんである。
脚本も充分に練られており、徹底した娯楽映画でありながら、哲学的な科白がたくさん登場する。


 「セヴン」を思わせるような密度の濃い画面、やや変質的な色彩感覚と肉体への直接的な暴力。
インターネットが謎解きにも使われて、韓国のネット事情が彷彿とされる。
ユーモアを交えた展開は、監督の余裕すら感じさせ、今後の作品が楽しみである。
この映画は、現代的な舞台設定をつかっているが、主題は時代の先端を追求するものではなく、生きるとは何かといった人間の根元を探るものである。

 同じ韓国映画の「浮気な家族」が、個人化した社会での生き方を描いたのに比べれば、この映画の主題は情報社会に特有のものではない。
いつの時代でも当てはまる。
だから先進性を理解できないカンヌの人たちも、この映画を称賛し得たのだろう。
今の韓国映画は、かつての叙情に流れた映画と作風が変わった。
根元的な問題へと掘り下げる意識が、最近の韓国映画から感じる。
韓国映画はいま非常な勢いがある。

 この映画の原作は、日本人の土屋ガロンが、「漫画アクション」で連載したものである。我が国で映画化されなくて幸運だった。
有能な監督に出会えて最高の作品に仕上がった。
現在の我が国の映画界では、この映画ほどの充実度を見せることは出来ないだろう。
2003年韓国映画
(2004.11.12)

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