タクミシネマ        ツイン・フォールズ・アイダホ

 ☆☆ ツイン フォールズ アイダホ  
 マイケル&マーク・ポーリッシュ監督

 シャム(結合性)双生児の話だが、人間の命とは何かという問題に正面から取り組んでおり、きわめて高度な内容の映画である。
ブレイク(マーク・ポーリッシュ)とフランシス(マイケル・ポーリッシュ)の二人は、身体が脇腹のところで繋がっていた。
そのため、二人は半ば怪物のように見られ、生まれるとすぐに養子に出された。
そして成人するまで、サーカスの見せ物として暮らしてきた。
フランシスのほうの体が弱り、二人は死期の近いことを悟って、都会へ出てきて帝国ホテルに住まい始める。
そして、そこで娼婦を呼んだことからこの映画は始まる。

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前宣伝のビラから

 娼婦のペニー(ミシェル・ヒックス)は、電話で呼ばれたのでこのホテルに来る。
初めてみるシャム双生児に驚愕して、一度は逃げ出してしまう。
バックを忘れたこともあって、彼等の部屋に戻ってみれば、二人は普通の人間と変わらないことが判る。
アパートから追い立てを食らっていたことも手伝って、彼女は彼等の部屋に暫くやっかいになる。
フランシスは流感から体をこわして吐いていた。
それを見て、彼女は自分のかかりつけの医者マイルズ(パトリック・ボーショー)を連れてくる。
彼はフランシスが長くないことを悟り、ペニーに伝える。
パトリック・ボーショーの演じた医者は、知的に上品で良かった。

 多くの人が仮装するハローウィーンの時だけが、二人が何の気兼ねもせずに外出できる日である。
つかの間の幸せを味わった彼等だったが、フランシスの病状は悪化する一方である。
とうとう病院へかつぎ込まれ、フランシスは臨終を迎える。
フランシスは死んだが、二人は切り離され、ブレイクは生き残る。
ブレイクはかつてのサーカス小屋へと戻り、そこへペニーが尋ねて行くところで映画は終わる。

 シャム双生児には、様々な結合形態があるだろう。
いずれにしても、心臓が一つのこともあるし、完全に二人に切断できるとは限らない。
彼等のケースも、片方が生きているうちは切断できなかった。
切断すればどちらかが生きていけないのだ。
しかし、容赦なくやってくる死は、二人に同時に訪れるとは限らない。
二人でしか生きられなかった人間の片方が死ぬ。
その心境や如何である。
彼等の複雑な心境が良く表現されていた。
誰でも一人で生きているようだが、社会性は一人では成り立たず、この映画のように他人の支えがあって生は成り立っている。

 暗い画面。初めの内はややのろい展開で、二人の動きもぎこちがない。
しかし、その鈍さが観客の心の襞に少しずつ浸み入ってくるようで、何とも説得力がある。
離ればなれになって、普通の人のように一人で自由に飛び回りたい。
分離したいと思った子供時代、二人でいることを覚悟してからの時代、そして、互いにかけがえのない分身となった今。
その分身が死のうとしている。
生んでくれた母ですら、頭が二つあると化け物のように扱った。

ハローウィンの晩に生みの母親(レスリー・アン・ウォーレン)を訪ねてみれば、母親は尼さんの仮装で出てくる。
子供を捨てた母親が、尼さんに仮装するのは何という皮肉。
二人を病院へと運び込むのは、ジーザス(ギャレット・モリス)と名乗るキューバ人の伝道師。
行く先はキリスト教の病院。

 特殊な人間として普通の社会から弾き出され、自分たちだけの世界に生きたがゆえに、かけがえのない二人。
そうしたブレイクに恋心を感じるペニー。
何も壊れず、普通の日常が続くだけ。
二人という関係の中でひっそりと生きる彼等と、最低の職業人と見られる娼婦ペニーの優しさ。
舞台になっているのも、廊下が小便の匂いのするような安いホテルである。
吹き溜まりとなり兼ねない人たちが主人公でありながら、この監督には人間の命への温かい目がある。
しかも、映像的にも優れたセンスを示し、ドアに開けられた10センチ程ののぞき窓から見える顔から、カメラは徐々にひいていく。
それが無言の台詞を雄弁に語る。美人であるペニーの青い眼も良いし、のぞき窓の小さな格子も良く効いている。
印象的なシーンである。

 シャム双生児の片方と恋におちるのは、そう多くはない状況だろう。
だいたい不可分の二人の片方とだけ恋を語るのは不可能である。
強固な絆でつながれた二人に、恋人という他者の関係が参入するは至難のことである。
キスをしている二人を、息がかかるほど間近で見ているもう一人。
しかし、あり得ないかも知れない設定でありながら、心の状況がリアルに浮かび上がってくる。
何かとても考えさせる展開である。

 身体障害に生まれたら、見せ物になるしかなかった時代。
他人の眼に己の不具をさらし、それを生活の糧にする。
逆にサーカスという狭い世界に入れば、身体障害でも自活して生きていけた時代。
アジールとしての裏の世界があった時代には、差別を甘受することによって障害者も生き延びることができた。
個人という観念が存在しない前近代でだけあり得る話である。
しかし、平等が建前となった近代社会では、もはやどこにもアジールはない。
差別を認めるつもりは毛頭ないが、誰でもが平等な社会とは、強者の論理が支配する世界でもある。

 青のかった画面は、富士フィルムを使っているためか、それもよく効果がきいていた。
お金もかかっておらず地味な映画だが、よく練られた脚本、演出に星二つをつける。

 1999年のアメリカ映画。


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