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久しぶりに充実した映画を見た。 主題もよく練られているし、映像も大胆であり、やや甘いが星を2つ献上する。 漫画が原作とはいえ、もはや漫画の域を超え、哲学している映画である。 前作「バットマン ビギンズ」を越えている。
バットマン(クリスチャン・ベール)が悪人退治をして、かろうじて平安を保っていた。 しかし、犯罪集団と取り引きしたジョーカー(ヒース・レジャー)が、バットマンの正体を明かせと迫る。 正体を明かすまで、判事や市民を殺し始める。 バットマンことブルース・ウェインが、警部補(ゲーリー・オールドマン)と地方検事の力を借りて、犯罪集団をおさえ込もうとするが、ジョーカーの犯行が続く。 市民たちもバットマンの行動に違和感をもち、ジョーカーに味方する者があらわれだす。 ここがちょっと苦しい説明だが、それでも大衆心理をよく突いており、正義と悪の重層的な対比を正確に描いていく。 正義は悪があって、初めて正義たりうるのだから、正義と悪は同じことの表裏である。 正義と悪は、同じ1人の人間のなかにある。 だから大衆が悪に痺れるのも故なしではない。 しかも、自己保身が人間の本性だとすれば、平和が侵されたときに、判りにくい正義を悪に差し出すことすらある。 オルテガなどが好んで描いた衆愚を、この映画は好意的に描いていく。 絶対の悪を設定すると、いかに近代の民主主義がまともなものか、よく判る。 しかも、アメリカはこの民主主義を「アメリカン ウェイ オブ ライフ」として、国是としているのだ。 ジョーカーが悪の限りを尽くせば尽くすほど、正義の弱さと同時に、弱くてもそれに頼るしかないという強い決意が描かれていく。 その圧巻は、囚人たちを市民と同列に、避難させるという決定であり、囚人と市民を乗せたフェリーの爆破である。 囚人であっても、命は市民と同じなのだ。 市民の命は、行政が間接的に責任を負っているにすぎないが、囚人の命は行政が握っており、直接の責任を負っている。 行政が囚人の命を助けるのは当然なのだ。 2隻のフェリーが動き始めると、爆弾が仕掛けられていることが判る。 互いに先に爆破した方が助かる、と知らされるが、結局、両方とも爆破のボタンを押さないで、死の運命を甘受する。 しかも、市民たちはその決定のために、投票を行うのだ。 こうした発想が、この映画を支えると同時に、アメリカを支えているに違いない。 我が国で同じ場面の映画を撮るとき、投票という発想がでるだろうか。 ホワイトナイトとして登場するハービー(アーロン・エッカート)が、選挙で選ばれる地方検事というのも、よく政治状況を把握している。 公僕がヒーローになることが、民主主義なのだ。 しかし、このヒーローは、悪に心を奪われてしまう。 この映画では、正義と悪の境を、殺人を犯すか否かに置いている。 バットマンはジョーカーを捕らえ、殺せる状況になっても、絶対に殺さない。 悪には殺人の自由があるが、正義は殺人を犯すことはできない。 正悪裏表のなかで、たった1つの違いは殺人を犯さないこと、それが正義だとこの映画はいう。 1つの見識ではある。 元恋人のレイチェル(マギー・ギレンホール)が、バットマンであるブルースを選ばずに、ハービーを選ぶのはちょっと思わせぶりである。 女性が言い寄る男性を選ぶ、という恋愛の構造は、マッチョが支配する映画では逃れられないのかもしれないが、何とかならないものだろうか。 絶対の正義であるブルースと、正悪をもつハービーを、レイチェルが秤にかけるのは、結果が判っていても無惨な気がする。 弱々しい女性を選ぶ男性が、自立した女性たちから叩かれるように、レイチェルの行動は叩かれても仕方ない。 これはこの手の映画が、不可避にもってしまう男女の構造で、アメリカの社会も女性が、いまだ解放されていない証拠である。 2時間半と長い映画だったが、この長さは許容範囲だろう。 原題は「The Dark Knight」 2008年アメリカ映画 (2008.08.19) |
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