タクミシネマ       ダークナイト

☆☆ ダークナイト   クリストファー・ノーラン監督

 久しぶりに充実した映画を見た。
主題もよく練られているし、映像も大胆であり、やや甘いが星を2つ献上する。
漫画が原作とはいえ、もはや漫画の域を超え、哲学している映画である。
前作「バットマン ビギンズ」を越えている。


ダークナイト [DVD]
IMDBから
 悪の街ゴッサム・シティには、多くの犯罪集団があり大勢の悪人がいたが、
バットマン(クリスチャン・ベール)が悪人退治をして、かろうじて平安を保っていた。
しかし、犯罪集団と取り引きしたジョーカー(ヒース・レジャー)が、バットマンの正体を明かせと迫る。
正体を明かすまで、判事や市民を殺し始める。

 バットマンことブルース・ウェインが、警部補(ゲーリー・オールドマン)と地方検事の力を借りて、犯罪集団をおさえ込もうとするが、ジョーカーの犯行が続く。
市民たちもバットマンの行動に違和感をもち、ジョーカーに味方する者があらわれだす。
ここがちょっと苦しい説明だが、それでも大衆心理をよく突いており、正義と悪の重層的な対比を正確に描いていく。

 正義は悪があって、初めて正義たりうるのだから、正義と悪は同じことの表裏である。
正義と悪は、同じ1人の人間のなかにある。
だから大衆が悪に痺れるのも故なしではない。
しかも、自己保身が人間の本性だとすれば、平和が侵されたときに、判りにくい正義を悪に差し出すことすらある。
オルテガなどが好んで描いた衆愚を、この映画は好意的に描いていく。

 正義と悪の対立をよく理解した上で、民主主義のアメリカの楽観主義へとかえっていく。
絶対の悪を設定すると、いかに近代の民主主義がまともなものか、よく判る。
しかも、アメリカはこの民主主義を「アメリカン ウェイ オブ ライフ」として、国是としているのだ。

 ジョーカーが悪の限りを尽くせば尽くすほど、正義の弱さと同時に、弱くてもそれに頼るしかないという強い決意が描かれていく。
その圧巻は、囚人たちを市民と同列に、避難させるという決定であり、囚人と市民を乗せたフェリーの爆破である。

 囚人であっても、命は市民と同じなのだ。
市民の命は、行政が間接的に責任を負っているにすぎないが、囚人の命は行政が握っており、直接の責任を負っている。
行政が囚人の命を助けるのは当然なのだ。

 2隻のフェリーが動き始めると、爆弾が仕掛けられていることが判る。
互いに先に爆破した方が助かる、と知らされるが、結局、両方とも爆破のボタンを押さないで、死の運命を甘受する。
しかも、市民たちはその決定のために、投票を行うのだ。


 自分たち数百人の命がかかっている決定を、投票で決めようという行為は、究極の民主主義だろう。
こうした発想が、この映画を支えると同時に、アメリカを支えているに違いない。
我が国で同じ場面の映画を撮るとき、投票という発想がでるだろうか。

 ホワイトナイトとして登場するハービー(アーロン・エッカート)が、選挙で選ばれる地方検事というのも、よく政治状況を把握している。
公僕がヒーローになることが、民主主義なのだ。
しかし、このヒーローは、悪に心を奪われてしまう。
この映画では、正義と悪の境を、殺人を犯すか否かに置いている。

 バットマンはジョーカーを捕らえ、殺せる状況になっても、絶対に殺さない。
悪には殺人の自由があるが、正義は殺人を犯すことはできない。
正悪裏表のなかで、たった1つの違いは殺人を犯さないこと、それが正義だとこの映画はいう。
1つの見識ではある。

 バッドマンを支える裏方であるウェイン社の執事アルフレッド(マイケル・ケイン)、そして社長ルーシャス(モーガン・フリーマン)など、力のある俳優たちが脇を固める。
元恋人のレイチェル(マギー・ギレンホール)が、バットマンであるブルースを選ばずに、ハービーを選ぶのはちょっと思わせぶりである。

 女性が言い寄る男性を選ぶ、という恋愛の構造は、マッチョが支配する映画では逃れられないのかもしれないが、何とかならないものだろうか。
絶対の正義であるブルースと、正悪をもつハービーを、レイチェルが秤にかけるのは、結果が判っていても無惨な気がする。

 弱々しい女性を選ぶ男性が、自立した女性たちから叩かれるように、レイチェルの行動は叩かれても仕方ない。
これはこの手の映画が、不可避にもってしまう男女の構造で、アメリカの社会も女性が、いまだ解放されていない証拠である。
2時間半と長い映画だったが、この長さは許容範囲だろう。

原題は「The Dark Knight」  
 2008年アメリカ映画   (2008.08.19)

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