タクミシネマ         バットマン ビギンズ

バットマン ビギンズ    クリスファー・ノラン監督

 バットマンの主題歌が、鳴り響かなかったのは残念だったが、
随分と練り込んだ脚本で、大人も楽しめる娯楽作品に仕上がっている。
物語の展開は、「スパイダー マン 2」とまったく同じであるが、主題にひねりがきいており、劇画が元になっているとは思えないほどだった。


バットマン ビギンズ [DVD]
劇場パンフレットから
 正義を相対化するというのが、この映画の主題であろうか。
大金持ちの両親が、息子ブルースの目の前で殺される。
これがトラウマとなって、長年にわたって彼は悩む。
そして、ヒマラヤ山中のラーズ・アル・グール(渡辺謙)のもと、ヘンリー・デュカード(ニーアム・リーソン)に従って修行した後、
本国に戻ってゴッサム市で悪と戦うことになる。 

 この映画のような活劇は、手に汗を握るヒヤヒヤドキドキがあればいい。
全編ハイテクの中に、グラインダーで工作したりする場面があって、ご愛敬である。
前半はちょっと鈍い感じもするが、中盤から後半にかけては、活劇的なおもしろさを充分に味あわせてくれる。
バットマンの仕掛けやドンパチは論じるまでもないが、正義が悪であり悪が正義だという、何重にもなった入れ子の構造には驚かされる。

 我が国の劇画でも、深遠な主題を展開しているものもある。
劇画レベルでは、アメリカと我が国でも、それほどの違いはないであろう。
劇画に関しては、むしろ我が国のほうが、深い考察があるかも知れない。
しかし、劇画の主題を映画として練り上げていく力量は、もうアメリカのほうが断然に上だろう。
マニアでなくても楽しめる話にする、そういった違いを感じる。

 ヘンリー・デュカードが仮体したラーズ・アル・グールは、悪の代表と言うことになっているが、
実は彼は正義を実践している。
彼の言うところはこうだ。
ゴッサム市は腐敗と堕落で、街全体が悪と化している。
このまま放置すれば、悪がますます進み、
人類全体に悪が汚染をひろげ、取り返しのつかないことになってしまう。
そこで悪の代官たるラーズ・アル・グールが、人類全体の調和のために、悪の腫瘍を撲滅するのだ。
それによって、人類の調和が回復されて、世界の平和が永続できる。

 ブルースの両親はゴッサム市にあって、腐敗をくい止めようとした。
彼等は個人的には正義漢だったが、悪の部分での延命は全体から見たときには、正義に反しているという。
この主題を否定するのは、なかなかに難しいことかも知れない。
しかし、目的は手段を正当化しないとは、近代法治国家の大前提だから、この映画でも近代主義は貫徹されている。 


 最近のアメリカ映画は、「シリアス ママ」や「セヴン」以降、私的な報復=リンチを肯定する傾向が強い。
ミスティック リバー」など平気で報復殺人を肯定している。
しかし、この映画はガンとして報復殺人を否定した。
たしかに、法が機能しなくなると、私刑を認めたくなるだろうが、
それを肯定したら近代が営々として築いた価値を、全否定することになる。

 正義を相対化すると、ファッシズムになりがちだが、この映画はよく踏みとどまっている。
近代とは自然から離れた分だけ、暴力の支配から脱し、前近代より上品である。
この映画は、観念の支配に服するという意味では、きわめて上品な展開である。
アメリカの良心がなさせるのだろうか。

 豪華なキャスティングで、仕掛けにもお金のかかった映画である。
しかし、主人公を演じたクリスチャン・ベールには、「アメリカン サイコ」のイメージが強く、
純粋肉体派には向かないのではないか。
小さな顔に鍛えられた身体というのは、バットマン向きかも知れないが、歯並びが悪いので、スーパースター向きではないように思う。

 ヒロインを演じたケイティ・ホームズは、トム・クルーズを籠絡して有名になったが、
特徴が中途半端な感じがする。
アンジェリーナ・ジョリーのような肉体派なのか、演技派でいくのか、本人もまだ判らないのではないか。
ニッコール・キドマンに捨てられたトムだが、
彼の人気はいまだ高く、意欲のある女性なら、誰でも挑戦したくなるのも無理はない。
しかし、トムはゲイじゃないだろうか。
素直にカムアウトしたほうが良いと思う。ここはちょっと脱線である。

 この映画の監督は、「メメント」の監督である。
あれほど難解だった「メメント」だったが、普通に理解可能な「インソムニア」のあと、
この大作にキャスティングされた。
力のある監督を、きちんと拾ってくるハリウッドは凄い。
アメリカでも人間関係はもちろん大切だろうが、
仲間内で閉じて新人の登場が難しい我が国より、才能に対して開かれた社会だと感じる。
2005年アメリカ映画
(2005.06.28)

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