タクミシネマ    フロスト/ニクソン

☆☆ フロスト/ニクソン   ロン・ハワード監督

 1974年のウォーターゲート事件で、失職したニクソン大統領へのインタビューをえがいて、瞠目すべき映画に仕上がっている。
民主主義の厳しさを見せる映画である。
我が国では決してあり得ないジャーナリズムと、政治家の息をもつかせぬ戦いが、画面からひしひしと伝わってくる。

IMDBから

 ウォーターゲート事件から、すでに35年もたった。
歴史のなかに納まろうとしている事件だが、映画はニクソンの失職後を、こまかく再現してみせる。
ニクソン(フランク・ランジェラ)はフロスト(マイケル・シーン)からのインタビューをうけた。

 イギリス人コメディアンでテレビ司会者の、フロストからのインタビューの申し出は、ニクソンにとって組しやすく見えた。
インタビューで汚名をすすいで、政界への復帰をねらった。
60万ドルという金額で、インタビューに応じることにした。
しかし、テレビをよく知ったフロストは、したたかだった。
 
 フロストは、ジョン・バート(マシュー・マクファディン)、ボブ・ゼルニック(オリヴァー・プラット)とジェームス・レストン・Jr(サム・ロックウェル)をスタッフに、ロス・アンジェルスのビバリー・ヒルトンに拠点を構える。
ここにはもう一人、大きな助っ人がいた。
フロストがアメリカへの機内で、ナンパした女性キャロライン(レベッカ・ホール)である。

 スポンサーがつくだろうと考えていたフロストだったが、アメリカのメージャーは冷たかった。
仕方なしに放映権を担保に、借金をしてインタビューにのぞむ。
その途中で、オーストラリアでの彼の番組が中止になるなど、資金的に絶体絶命になる。
ジャーナリスト調の対決インタビューを想定したスタッフから、フロストは手ぬるいと批判される。

 大きな借金を抱え、彼は孤立する。
しかし、インタビュー最終回で、彼はニクソンを追いつめ、「大統領が行えば、違法行為も違法ではなくなる」という発言を引きだし、犯罪を認めさせた。
これでニクソンは政界に復帰できなくなった。
フロストの圧勝である。
放映権が暴騰し、彼は破産を免れた。

 我が国のインタビューも、多くのスタッフによる事前準備をおこなって、準備万端で行われるだろう。
しかし、我が国とアメリカの報道では、もともと立脚する考えが違う。
我が国のマスコミは、記者クラブ制度に支えられた官報だから、政治家など体制側に不利なことは聞かない建前である。
日本マスコミ「臆病」の構造」が描くとおりである。

 アメリカのマスコミといえども、政治家の批判ばかりではないだろう。
しかし、マスコミ人たちの原則が違うのだ。
最近でも、イラン戦争をめぐり、アメリカの新聞記者が収監されている。
民主主義に対する考え方が違うと言ったらいいのだろうか。
大統領が言ったからではなく、言った内容を問題にする。
いくら偉い人の発言でも、内容が吟味されるのである。

 最初のうちこそ、政治漫談をふりまいてニクソン圧勝の勢いだった。
しかし、フロストは真実を追究して、容赦なく切り込んでいく。
前半と後半の極端な違いは、映画だからの演出だろう。
最終回の前夜、酒に酔ったニクソンが、フロストに電話をかけてくる。
翌日、ニクソンは電話したことを覚えていない。
しかし、これはフィクションらしい。


 ニクソンはゲイだったという噂もある。
当時のゲイは抑圧されていただろう。
そのせいかどうか分からないが、暗い印象で損をしている。
権謀術策政治のベテランかも知れないが、テレビ時代にはイメージが重要だ。
小泉総理が、あれだけむちゃくちゃをやれたのも、テレビを意識した演出が上手かったからだ。
テレビは真実を伝えると同時に、真実を伝えない。
 
 政治家へのインタビューを映画化する。
そんなことを企画し、実現する。
大したものである。
我が国だって同じような政治状況でありながら、沖縄密約などマスコミは軽く扱われている。
そうでありながら、マスコミは反論しない。

 久米弘のような司会者でも、組織に属していると、自由に行動するのは難しいだろう。
ましてや他のマスコミ人たちが、政治家の死命を決するようなインタビューができるはずがない。
それは言葉のもつ力への、信頼の違いかも知れない。

 ニクソンを演じたフランク・ランジェラが、似ているとは言えない顔ながら、抜群に上手い演技だった。
最初のうちこそ、違和感があったが、いつのまにか本物のニクソンのように見えてきた。
背中を丸め、ゆったりと身体を揺すりながら歩く様は、実物そっくりだった。

 ニクソンが乗っていたリンカーンも、今度のオバマではキャディラックになって、洗練されていた。
そのリンカーンの黒い扉から、黒の革靴が踏みだされるシーンは、よく使われるシーンながら、自信のある男の第一歩をよく物語っていた。
ニクソンの着ていたのは、仕立ての良さそうな背広であったが、磨き込まれた黒靴の権威も大したものだった。

 映画とは関係ないが、フロストたちが宿泊したビバリー・ヒルトンの客室は、とても良い雰囲気でいかにも高級そうだった。
しかし、そこに置かれた受話器は、いかにも時代遅れであった。
当時としては最先端であったろうが、設備関係はあっという間に陳腐化する。
それにたいして、室内を形作る設計思想や素材は、なんと長持ちするものだろうか。

 間違いなく星を献上するが、1つにするか、2つにするかで迷っている。
1つは充分に達しているのだが、2つにするには、後日の充足感が不足している。
見た直後の衝撃力をたよりに、星を2つつける。
それほど力のある良い映画だった。

原題は「Frost/Nixon」    
 2008年アメリカ映画 

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