タクミシネマ              フェイク

☆☆ フェイク        マイク・ニューウエル監督

 1978年、FBIの捜査官ジョー・ピストーネが、ドニー・ブランコ(ジョニー・デェプ)と変名して、マフィアに潜入する。
囮捜査というのだが、ばれたら殺される命がけの仕事である。
このドニーに目をかけて、マフィアにいれたのがレフティ(アル・パッチーノ)というさえないチンピラだった。
人の良いレフティは最後までツキがなく、彼のようなタイプは出世できない。
それは堅気の世界でも同じである。

 レフティは最初のうち捜査対象だったが、レフティが心を許すのに応じて、ドニーも彼に心を通わせてしまう。
捜査が進行するにつれ、ドニーはマフィアのなかで頭角をあらわし、やがてレフティを抜いて幹部になりそうになる。
幹部になるための通過儀礼とも言うべき、対抗組員の殺害実行の寸前、FBIによって堅気の世界へと連れ戻される。
その間の6年を、実話にもとずいて描いた映画である。

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劇場パンフレットから

 まずタイトルの登場からして良い。
モノクロの写真が写される画面に、登場人物がタイプされていくのは、「セヴン」と良く似ている。
パンフレットによれば、「セヴン」のデザイナーと同じ人だという。
なるほど同じ発想だと知る。やや暗い画面が美しく、70年代のフッションと相まって、幻想的とすら言える映画に仕上がっていた。

 ハリウッド映画独特のご都合主義的な絵空事はなく、何も壊れず実に地味な展開である。
画面はニューヨークとフロリダを撮すだけである。
それでもいい映画に仕上がっている。
この映画の主題は、マフィアやFBIだと思いがちだが、そうではない。
一人の男が偽って生きることの異常さを描いたものである。
映画としてマフィア物に分類するより、心理劇に分類すべきである。
最初は、囮捜査でマフィアに入り込んだが、捜査が核心に近づくにつれ、別の人格を演じることが、本物の自分になりそうになる。
異常と正常のせめぎ合いが、主題である。
よりよい情報を得るためには、本物のマフィアになったほうが、組織の中心にはいれる。
日常の強制が彼を変えようとする。

 捜査員も家庭があり、マフィアにも家庭がある。
個人的な生活と、捜査という仕事の間で、ドニーの性格までギャングのようになっていく。
家庭が壊れかかり、FBIともすれ違いになる。
その少しづつの変化を、ジョニー・ディップは実に上手く演じている。
彼の演技は自然で、何気ないそぶりでありながら、心理的な動きを見事に表し、顔だけ見ていてもその変化が良く判る。
実に上手い役者である。
メーキャップも変えているのだろうが、初めの頃の穏やかな顔から、だんだん険を持った厳しい顔へと変わっていく。
こうした顔作りの変化は、「カジノ」でのシャローン・ストーンでも見ることができたが、いまやアメリカ映画の大きな財産である。
それに対してアル・パッシーノは、大げさな大時代的な演技で、すでに彼の時代は終わったと思わせる。

 囮となって犯罪組織に潜入するのは、大変なことである。
ばれたら殺されると言うことより、日常が強制してくる精神のゆがみがきつい。
それをこの映画は、虚実の二面性という形で、実に丹念に追っている。
この映画の主人公は実在の人物で、映画はすべて実話に基づいている。
彼は現在でも生きており、この映画の製作にもかかわったという。
彼の体には、マフィアが50万ドルの懸賞をかけており、事件が解決しても、彼は永遠に陽のあたる世界を歩けない。

 捜査員になったジョーには法外な高給を支払ったんだろうが、それにしても、アメリカという国は残酷なことをやらせる。
事件後、捜査官は名前も変えて、住所も秘密にして生きているというが、常にマフィアに狙われているというプレッシャーはさぞ大変だろう。
彼や彼の家庭にガードマンをつけても、守りきれるのだろうか。
この映画のプロモーションのために来日したというから、これまた驚くのだが。

 マフィア物のパターンを無意識に身につけたアメリカの監督を避け、イギリス人マイク・ニューウエル監督を起用したという。
マフィアやFBIを舞台にしながら、映画の主題はマフィアではないのだから、それも当然だろう。
このあたりの人間のセンスに対する洞察も、アメリカはすごい。
我が国ならその手の実績のある監督に、今度は違う視点でと要求しがちである。
しかし、それは不可能だし、監督にも失礼である。
センスや個性を大切にする姿勢がよく見える。

 ニューヨーク訛やファッションなどの細かいところまで神経を使った映画である。
一番館だったシネタワーではすでに終映しており、それほど評判にもならなかった。
あまり期待していったわけではなかったが、お金はかけてないが実にシャープないい映画だった。
1997年アメリカ映画。


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