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   カジノ       マーチン スコッセシュ監督

 マーチン スコッセシュ監督は、大きく話を広げながら、最後には上手くまとめあげる。
実話に基づいた1970年代の話というが、話自体は実にたわいがない。
田舎のちんぴらサムが、ふとしたことからラスベガスのカジノの支配人を勤めることになる。

カジノ [DVD]
劇場パンフレットから

 サムのカジノ経営は順調。
ある日、サムはカジノに巣くう女ギャンブラーのジンジャーにほれこみ、強引に結婚する。
友人のちんぴらニッキーも、サムを追ってラスベガスに来る。
裕福で平穏な日々が過ぎて行くが、やがて三人の関係にひびが入り始める。

 まずサム自身が、賭博場経営者の免許をとるために、無法なやくざな生活をやめて良き市民たろうとする。
サムの押しに負けて結婚に応じたジンジャーは、当初は金にあかせた贅沢な暮らしを満喫していた。
しかし、専業主婦の退屈さと真綿の拘束に我慢できなくなる。

 時は1970年代、女性が自立するにはまだ少し早かった。
退屈な生活に反発し、昔の恋人との火遊び、アルコール中毒、麻薬中毒へと、お決まりのコースを転落していく。
ニッキーも、マフィアの世界で権力を手中にするにつれ、克己心を失っていく。
マフィアの掟を破って、ジンジャーとニッキーは情事を重ねる。

 三人の関係のきしみから、マフィアの内部が揺るぎ始める。
そこへFBIの手入れが入って、カジノを支えていた裏の組織が崩壊していく。
裏切り者の清算が始まり、ニッキーはマフィアの組織によって、生きたまま埋められる。
ジンジャーは麻薬から抜け出せず中毒死する。
サムはかろうじて一命をとりとめ、昔の生活に戻って映画は終わる。

 この映画でみるべきは、シャローン ストーンが演じたジンジャーである。
小さな時から貧乏で、金に飢えた生活をしてきたので、無償の純愛には不感症。
サムの求婚にも、金が目あてで応じる。
しかし、サムがもたらしてくれる何不自由ない贅沢な結婚生活も、違法すれすれとはいえ自立した緊張の毎日を過ごしてきた彼女には、たちまち退屈になる。
サムは、典型的な良き夫。彼には非の打ちどころがない。
出口のないストレスが、悪い方へ悪い方へと彼女を追い込んでいく。
良識から離れていくたびに、彼女は嫌味な女になっていく。
観客は、誰も彼女の味方にはならない。

 1970年代は、アメリカの女性が、専業主婦を問い直し始めたときである。
専業主婦は男性に養われ、何不自由なく暮らしていたが、彼女たちは何か手ごたえのなさを感じ始めていた。
しかし、手ごたえのなさが、何に由来するのか判らなかった彼女たちは、アルコール中毒や不謹慎な行動にでる主婦がいた。
当時、正義はすべて家庭や男性側にあった。新たな時代に煩悶する人間は、ある時は醜く嫌みに見えるものである。
シャローン ストーンの美しさが、ゆっくりと薄汚れていく様は見事である。

 生きる手ごたえがないのは、養われている限り、どんな専業主婦でも同じである。
とくに裕福な専業主婦は、誰からも羨まれる境遇にあるから、精神的な悩みは理解されにくい。
むしろ、裕福なほど理解されない。
理解ある夫にめぐまれ、贅沢な暮らしをしていて、いったい何が不満なのだといわれる。
悩みの本質は、本人にも判らない。
ただ、悶々とするだけ。
そして、おずおずと手をだすことは失敗ばかり、自らの無力さに絶望的になる。
いくら裕福でも、生活力のない専業主婦は、今の生活から抜け出すことはできない。

 貧乏な者には、生きることを精神的に悩む必要はない。
とにかく今日を生きるだけで、毎日が忙しく過ぎていく。
裕福になってはじめて、精神的な悩みを悩めるのだ。
精神的な悩みは、きわめて贅沢である。
精神的な悩みは、貧乏だった時代には少数の高等遊民のものだったから、精神的な悩みに社会的な共感が成立しなくても良かった。
しかし、今や働かない専業主婦を養えるくらいに、社会全体が裕福な社会になった。
贅沢といわれようとも、悩みは解決されねばならない。
皮肉にも裕福になって、女性の社会進出が始まった。

 元気な野鳥に魅力を感じたサムは、良かれと思って、その鳥を結婚という篭にいれて、窒息させてしまった。
ジンジャーは、サムの好意の犠牲者である。
1970年代は、専業主婦たちが煩悶していた時代だった。
生きる手ごたえを与えてくれるのは、職業労働だと気がつくまでには時間が必要だった。
アメリカの1970年代は、結婚が幸福への道程だった時代から、職業が人間の尊厳を確保してくれると認識される転換点だった。
1990年代なっていたら、ジンジャーは養われる道=結婚を選ばなかっただろう。

1995年のアメリカ映画


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