タクミシネマ       ブロークバック マウンテン

 ブロークバック マウンテン   アン・リー監督

 オスカーの前評判が高かった映画だが、オスカーを取れなかった。
良い映画だとは思うので、星一つを献上する。
しかし、落選したから言うわけではないが、グランプリにはちょっと足りなかったように思う。
落選したのは、ゲイという主題のせいではなく、映画としての作りがイマイチだったのだ。

ブロークバック・マウンテン [DVD]



 この映画は、男性ゲイの人生を丹念に追っている。
しかし、ゲイを主題とする映画は、男性ゲイなら「イン&アウト」や「ジェフリー」、女性ゲイなら「バウンド」や「ハイ アート」などと沢山ある。
ゲイの映画は、すでに市民権をえている。
いまや問題は、映画としての表現が、観客を感動させ納得させ、心を熱くさせるかである。

 ゲイが多くなってきたとはいっても、まだまだ少数派である。
ゲイは男性人口の6%程度だろうか。
少数派のゲイの人生を、説得的に描くためには、美しい風景が必要である。
共産党の宣伝映画「初恋のきた道」などでも使われているように、
美しい風景を背景とすることは、それだけで説得力がますのだ。
だから、論争的な主題であれば、美しい風景を背景にしたいのは、充分に理解する。
この映画も、美しい背景を利用している。


 ワイオミングという田舎の山並み、雄大な自然、放し飼いされている羊たち。
それを追うカウボーイ。
1963年、イニス・デルマー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)は、ブロークバック・マウンテンの牧場に、季節労働者として働き始めた。

 季節労働のあいだ彼等は山の中に、テントを張って2人で暮らしていた。
あたりは自然があるだけで、彼等の他には誰もいない。
あるとき、まったく突然に、2人は肉体関係ができてしまう。
ここが不自然である。
人が恋に陥るには、それなりの伏線が必要だろう。
一目惚れでも良いが、この2人は一目惚れではない。
ただ、突然に肉体関係ができるのだ。
これではちょっと無理だろう。

 関係のでき方が無理しているので、それが最後まで影響している。
1度は離ればなれになった2人は、また偶然によって結ばれることになる。
主人公のイニスは、奥さんのアルマ(ミシェル・ウィリアムズ)との間に、2人の子供を得て、貧しいながらも幸せな生活を送っている。
そこへ何年もたって、ジャックから葉書が来て、昔の恋心に火がつく。

 幸せな生活を送っていたイニスが、むかしの恋人になびくのは、何か理由が必要だろう。
それは男女の仲だって、おなじである。
昔の恋人が訪ねてきても、何か心中に感じるものはあるだろうが、
現在の連れ合いを放り出すのは、また別のきっかけが必要である。
このあたりの説明も不足している。

 この監督は、「ウェディング・バンケット」という優れた映画も撮っており、
ゲイに対しては昔から寛容だった。
しかし、「アイス ストーム」では、個人化する家族にたいして批判的だった。
この映画は、ゲイの男性を純愛として描いてはいるが、必ずしもゲイを肯定しているようには見えない。
「ウェディング・バンケット」がそうだったように、
自分とは違う価値観に寛容なだけであって、時代を見ての発言ではないように感じる。

 季節労働者という設定自体が、ゲイに対してちょっと違和感がある。
肉体労働者はあまりゲイに馴染まない。
たしかに軍隊やイスラム社会では、男性同士の肉体関係もあるが、
それは女性がいないがゆえに、か弱い男性が女性の代わりになっているからだ。
2人とも全然か弱くない。
肉体労働者の彼等は休暇を取ったときに、2人して女性を買いに行くのが自然である。


 ゲイはむしろ都会的な生き物であり、田舎には生息していない。
ゲイとはきわめて人工的なもので、田舎の自然児ではない。
だから、ゲイは肉体労働者ではなく、頭脳労働者に多い。
マッチョな身体のゲイもいるが、あれは肉体労働によって作られたものではなく、人工的に筋肉を鍛えたものだ。

 この監督は、金持ちになっていったジャックを、事故で殺してしまう。
しかし、それを電話で知ったイニスは、ゲイであるがゆえに殺されたのかと思う。
残されたイニスは、ほとんど極貧のまま生活を送っている。
彼に残されたのは、すでに他の男に心移りしたジャックの古いシャツだけである。
男性の男性への愛情を肯定しながら、
この監督はけっして幸福なエンディングにはしない。

 純愛はハッピーエンドに終わるとは限らない。
「ロメオとジュリエット」をもちだすまでもなく、むしろ悲劇的な結末のほうが共感を得る。
そうした意味では、純愛を描くには、このエンディングが良いのかも知れない。

 この映画は、ゲイを認知させるには良いかも知れないが、必ずしもゲイの実情とは一致していないのではないか。
女性ゲイは、肉体労働指向が多いようだが、男性のゲイはあまり肉体労働指向ではない。
以上のような事情を考えると、この映画がオスカーを取れなかったのは、当然だったように思う。 

 美しく撮影することにかけては、この映画は細心の注意を払っている。
おそらくフィルターワークが上手いのだろうが、空の色、山並みの色など、実に美しい。
そのうえ最近では珍しく、登場する女優さんが美人タイプである。
荒野で生活していれば、汚れもするはずだが、汚れたシーンはまったく見せない。

 それにもう一つ特筆すべきは、この映画は超低予算であることだ。
アメリカ国内でのオールロケ、普段着の衣装、質素な食事、少ない登場人物、
それほど有名ではない出演者たち。
わずかにお金がかかっているのは、羊の大群だけだろう。
冒頭のシーンが1963年といっても、入念な時代考証が必要になるほどの場面はなかった。
本当に安上がりにできている。

 アジア人の監督が、アメリカで名をなすのは、本当に大変だったと思う。
それに対しては、充分に敬意を表するが、作品の出来はまた別の問題である。
グランプリの対象になってしまったので、厳しい評価になったしまったが、
平均点以上の作品であることは間違いない。  
   2005年アメリカ映画
 (2006.3.08)

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