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マイ ブラザー
ジム・シェリダン監督

 スザンネ・ビエール監督の撮った「ある愛の風景」のリメイクである。
ほぼ原作に忠実に作られている。
不出来な弟トミー(ジェイク・ギレンホール)に、よくできた兄のサム(トビー・マグワイア)兄弟。
兄がアフガニスタンへ出征し、部下を殺して帰国する。

Still of Natalie Portman, Tobey Maguire, Bailee Madison and Taylor Geare in Brothers
IMDBから

 戦場で部下を殺したことが、トラウマとなった。
そのため、人格が変わってしまい、平時の生活に戻れない。
この映画が描いているのは、それだけだ。
原作にあった主題が、すっかり抜け落ちている。
そのため、一体何を言いたいのか、よくわからない映画になってしまった。

 原作の主題は、おそろしいものだ。
「ある愛の風景」の映画評では、次のように書いている。
 
 死の恐怖が、ニルス殺しの動機ではない。では、なぜ彼は部下を殺してしまうのか。
 映画の冒頭で、ミカエルがいかに妻のサラを愛しており、2人の娘を愛しているかが、草むらに託されて丁寧に描かれる。そして、彼の愛は強固であり、永遠のものだ、と強調される。ニルスにだって、愛する妻と生まれたばかりの愛おしい子供がいる。その彼が、同じ境遇にあるニルスを殺してしまうのだ。
 家族への愛を貫くために、味方を殺すのだ。つまり愛を守るために、味方の兵隊を殺す。


 「ある愛の風景」では、恋愛結婚の結果によって生まれる核家族は、純粋な愛情で結ばれている。
経済的な利害や打算といったものではなく、ただ純粋に愛する気持ちだけが、家族を結びつけている。
だから、家族への愛は、何よりも優先される。
戦場で、部下の命と家族への愛を秤にかけるとき、家族への愛が優先してしまう。
その結果、部下を殺してしまう。

 近代の愛情家族の限界というか、二律背反的な命の選択を、「ある愛の風景」は問うていたのだ。
だから、冒頭でくどいほど、愛情の大切さを訴えていたのだ。
そして、主人公がいかに妻を愛していたか、細かく描いていたのだ。
ところが、この映画では、愛情の描き込みが不足して、何のために部下を殺したか、理解できない仕儀に陥っている。


 兄のサムは、大尉という職業軍人である。
死の覚悟をして、戦場にでている。
それは遺書を書いて、上官に預けて出征していることでもわかる。
にもかかわらず、部下を殺してしまうのだ。
遺書を書いて出征するとしたら、部下を殺すには相当大きな動機が必要である。
ただ自分が生き延びるためだけに、部下を殺すことはあり得ない。

 彼の殺人は、タリバン兵によってビデオに撮影されている。
大尉であれば、捕虜になったときの訓練も、受けているはずだ。
この映画では、ただ命が惜しかったから、部下を殺したに過ぎない。
そんなはずはない。
少なくとも、デンマークの軍隊は、きちんとした士官教育をしていた。

 弟に対して、帰国して最初にサムのいう言葉が、妻のグレース(ナタリー・ポートマン)と寝ただろうというものだった。
確かに、死亡通知が来て、葬式もしたから、2人が仲良くなってもおかしくない。
しかし、妻と弟の仲を疑うというのが主題では、何と寂しい映画だろう。

 妻と弟のあいだなど、どちらでも良いのだ。
妻が寝取られたなら、彼の魅力を見せて奪い返すか、諦めるかすればいい。
そこを見るべきではない。
家族への愛情のために、部下を殺してしまったことが問題なのだ。
主題を失うと、いかに薄っぺらになってしまうか。
良い見本だった。


 ミスキャストが多かった。
まず、トビー・マグワイアの大尉は無理だ。
彼は「スパイダー マン」で有名になったが、「サイダーハウス ルール」や「ワンダー ボーイズ」で好演をしている。
しかし、屈強な大尉というタイプではない。
「スパイダーマン」であたったのも、優しくて甘い感じが、この手の今までのヒーローとは違ったからだ。

 ジェイク・ギレンホールの弟役もミスキャストである。
ブロークバックマウンテン」で脚光を浴びて、「プリンス・オブ・ペルシャ」など最近売り出し中だが、この役は似合っていなかった。
相手役だったナタリー・ポートマンと、相性が悪かったのかも知れない。
とにかく、コピーは原作を越えられない見本だった。

 リメイク版のタイトルは、「マイ ブラザー」ではなく、「ブラザー」である。
マイをつけたのは、どういう意味があったのだろうか。
了解に苦しむ。
 「BROTHERS 」
 2009年アメリカ映画 
(2010.06.19)


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