タクミシネマ        サイダーハウス・ルール

 サイダーハウス ルール    ラッセ・ハルストレム監督

 この映画はジョン・アーヴィングの原作をもとにしているが、細かい逸話など面白いところがだいぶ切りつめられているらしい。
それでも「ガープの世界」などと同様に、アーヴィング特有の世界が展開される。
1934年、メイン州ニュー・イングランドは、セント・クラウズにある孤児院での話。
主人公のホーマー(トビー・マグワイア)は孤児院で生まれ、二度ばかり養子に出されるが、そのたびに戻されてしまった。
しかし、院長のラーチ先生(マイケル・ケイン)は彼の才能を見抜き、三度目の養子に出されることはなかった。

サイダーハウス・ルール [DVD]
 
劇場パンフレットから

 ホーマーはラーチ先生のもとで、医学をみっちりと教育される。
産婦人科医として一人前の腕前になるが、高校も出ておらず、医大を卒業したわけでもない彼には、医師の免許がなかった。
陸の孤島ともいえる孤児院は彼に暖かかったが、狭い世界やラーチ先生の助手に限界を感じて、中絶に来た若いカップルのウォリー(ポール・ラッド)とキャンディ(シャーリーズ・セロン)に従って、外の世界へと飛び出していく。
彼は違法な中絶手術をするのが嫌でもあった。

 リンゴ園を営むウォリーの実家は裕福で、毎年季節労働者を受け入れていた。
ホーマーはリンゴ園の働き手として住み込むことになる。
ホーマーを諦めきれないラーチ先生は、ホーマーに医者の道具一式を送ってくるが、キャンディの近くにいたい彼はリンゴ園で働き続ける。
時は進んで第二次世界大戦の最中、ウォリーはパイロットとして危険な任務に志願していく。
一人残されたキャンディは、ホーマーの賢さと優しさそれに大人の風格にひかれ、やがて二人は結ばれる。

 季節労働者のなかの紅一点、ローズ(エリカ・バドゥ)が妊娠していることが判明。
しかもその相手は、季節労働者の親方である父親のミスター・ローズ(デルロイ・リンド)だった。
この子どもは生むことができない。
ローズは苦悩の日々を送る。
違法ゆえに中絶手術を拒んできたホーマーだが、眼前のローズの困惑を見て手術を決行する。
その後、ローズは父親を刺してリンゴ園から抜け出し、自戒した父親は自殺する。
やがて、ウォリーは下半身不随になって帰国する。
ラーチ先生が死んだことを知らされたホーマーは、リンゴ園を離れ孤児院に帰って、医者を勤めるところで映画は終わる。

 工業社会の核家族が、崩壊したと言われて久しい。
孤児院を舞台にしたこの映画も、時代設定は太平洋戦争前だが、映画製作者たちの問題意識は明らかに現代にある。
孤児院という核家族とは似てもにつかない家族設定は、個人を個人のままで見つめる優しい眼差しがある。
工業社会の倫理では逸脱と見えるものであっても、今後の情報社会では決して逸脱ではない。
核家族という制度ではなく、人間と人間が直接に関係を作る社会の到来をきちんと見据え、人間の心の動きをより大きくより自由に認める。

 リンゴ園に来る季節労働者の住む住宅に掲げられている規則が、サイダーハウス・ルールなのだが、彼等は文字が読めない。
文盲の人たちに向けて、規則が文字で書かれているという皮肉。
それがこの映画のタイトルにもなっている。
やや暗い画面のゆったりした展開のなかにも長い視線を感じ、最近のアメリカ映画は本当に先鋭的な主題に取り組んでいる。
この映画は、孤児院の中だが子供たちは明るいとか、貧乏な黒人は正しいといった観念的なことは言わない。
むしろ過酷な環境は人間を萎縮させるが、どんな環境でも人間は生きており、何らかの希望がある。
工業社会の倫理からははちゃめちゃかも知れないが、工業社会だけが正義ではない。
人間の温かさとか信頼といったものは、制度や体制を越えたものかも知れない。

 主人公のホーマーを演じたトビー・マグワイアの顔が、映画の終盤へと近づくにつれ、だんだんと賢そうな顔になっていく。
ラーチ先生も、哀愁が漂っていい雰囲気だった。
キャンディを演じたシャーリーズ・セロンは、アシュレイ・ジャッドとならんで、最近では珍しい正統派のアメリカ美人である。
「ギルバー・グレイプ」を撮ったラッセ・ハルストレムがメガホンをとっており、共通した物語展開を感じるが、画面は撮影者が違っているので異なったものを感じる。
そうは言っても主題といい展開といい、文句なしに星一つを献上する。

1999年のアメリカ映画


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