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映画が時間を扱うと、話がとたんに難しくなる。 この映画も、4日と6時間のズレを入れており、2つの場面が同時進行するので、どちらがどちらだか分からなくなる。 近代人は、無意識のうちに主体は1つと考えているので、時間をずらされると主体がいくつも登場することになる。 そのために、理解しにくくなるのだろう。
ATF(アルコール・たばこ・火器局)の捜査官であるダグ(デンゼル・ワシントン)が、フェリー爆破事件の現場にいく。 現地を良く知っている彼は、FBIから捜査に加わるように誘いを受ける。 誘いにのった彼は、FBIが開発した<4日と6時間前の映像>を見る装置で、 死体になっている女性クレア(ポーラ・パットン)の、4日と6時間前を追いかけることになった。 愛国心の過剰が、テロに繋がるとは、いかにも現代的である。 彼は周到に準備をすすめる。 その過程で、彼にはクレアの車が必要になった。 4日と6時間前だから、もちろん彼女は生きている。 ここでクレアが事件に巻き込まれるのだが、4日と6時間後には死体となっているにもかかわらず、画面は生きているクレアを撮していく。 冒頭で、被害者であるクレアの家に、ダグが捜査に入っているシーンがあり、物語が進むうちに、それが伏線となって浮かび上がってくる。 つまり最初に、クレアを死んだ被害者として知った観客は、生存しているときのクレアを知り、自分の記憶を訂正する。 しかし、クレアにかんする記憶の訂正だけでは済まない。 クレアとダグの関係も、4日と6時間を隔てて2つ登場する。 つまり、すべての現象が4日と6時間を隔てて、2つ登場するのだ。 人間という主体が、時間軸の流れにそって行動する、と考える習慣がついた近代人は、複数の主体という概念にも馴染めない。 時間軸を前後することの理解にも困難がともなう。 「ロスト ハイウエイ」は多重人格という、主体の複数を扱っていただけで、難しいという声が上がるくらいだから、主体と時間軸の両方を動かされたら、了解不能になるのは簡単である。 「メメント」は時間軸だけを操作していたが、充分に難しかったし、無限の時間相対化をやった「プライマー」に至っては、理解するために2度も映画観に行かねばならなかったほどだ。 この映画は、「プライマー」ほどは難しくない。 4日と6時間を隔てた主体を、デジャヴ=既視感というキイワードでつないでいるので、映画のほうで理解の助けをつくっている。 しかし、それでも完全に理解するのは、ちょっと苦労するかも知れない。 時間軸を入れた4次元の世界が、空間の歪みなどという概念を生じさせている。 最先端の科学の話が、この映画を支えているのだろう。 成熟した情報社会の人間は、この程度の映画を簡単に理解するのだろうか。 途上国の人間は、時間の進行を端折ってしまうと、映画が理解できなくなるという。 たとえば、車に乗るシーンと降りるシーンだけで、我々はその間の移動を想像できるが、途上国の人間は2つのシーンを、頭のなかで繋げて理解できないという。 物質と観念の関係が切れた情報社会では、4次元の話は当然の前提になっているはずである。 とすれば、この映画程度の話は簡単に解るのかも知れない。 その意味では、この映画を難しいと感じるわれわれ日本人は、情報社会ではなく工業社会の発想レベルなのだろう。 我々は理解力において、決して先進国の人間ではない。 映画の出来は、平均点以上と言っていいだろう。 冒頭での悲劇的な事件の前触れが、平和そのもののシーンというのも上手いし、物語への誘いとして有効である。 そして、爆破のシーンが強烈であるだけに、その強烈さが全編を貫き、映画の主骨をつくっている。 また、ダグがクレアの家に入る2つのシーンは、それぞれが共鳴しあい、充分に説得的である。 デンゼル・ワシントンはいつもの演技だが、ヒロインをつとめたポーラ・パットンは、美人だし今後が期待される。 ただ、ダグとクレアが恋におちるのは蛇足であり、ない方が良いだろう。 ☆を1つ付けるが、「ザ ファン」で観念の倒立を描いて見せた監督としては、もっと主題を鮮明にして、スタイリッシュな仕上げにして欲しいところだった。 充分にお金のかかった、ちょっと難しい娯楽映画である。 2006年のアメリカ映画 (2007.4.1) |
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