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新婚といってもいい男女の二人暮らしの家のインターフォンに、「ディック・ロランドは死んだ」というメッセージが入ることから、映画は始まる。それを吹き込んだのは夫のフランク(ビル・プルマン)だったという種明かしが最後にある。 フランク、その妻レネエ(パトリシア・アークエット)、ピート(バルサザール・ゲティ)、アリス(パトリシア・アークエットの一人二役)、エディー(ロバート・ロッジア)実はディック・ロランドでもある、シーラ(ナターシャ・グレッグソン)、謎の男(ロバート・ブレイク)などが登場し、各人が複雑に絡んで映画は展開する。 フランクの家のなかをヴィデオに撮られて、そのテープが玄関先に置かれる。それが三日続き、警察が捜査をするが原因不明。気がつくと自分が妻レネエを殺して、死刑囚として収監される。しかし、どうしたわけかフランクは、まったく別の男ピートと入れ替わっている。 ピートは出所、昔からの恋人シーラを捨て、アリス(=レネエ)と恋人になるが、アリスにそそのかされて殺人から逃亡。ピート(+フランク)は、エディーと謎の男がらみで一波乱あって、ピートからフランクに戻ってハイウエイをパトカーに追われる。そこで映画は終わる。 この映画に、筋は大した意味はない。現代のとらえどころのない、切り刻まれた部分をしか生きることのできない人間が、如何に孤独かを見せたものである。現代人の孤独を、多重人格的な表現で展開している。レネエとアリスは、パトリシア・アークエットが一人二役をやって、かんたんに多重人格と判る。 しかし、フランクとピートが同一人物であることが判り難いため、二重人格と理解しにくい。けれども、フランクとピートが同一人物であることに気がつけば、この映画は素直に理解できる。フランクとピート、そしてレネエとアリスの二組の二重人格が、エディーが体現する現実との交錯を、謎の男を触媒にして描いている。そのためエディーだけが、敬称付きで呼ばれる。 砂漠に建った小さな小屋の前で、ヘッドランプに照らし出された土の上での性交シーンは、男女ともに無重力化されることの象徴であり、人間が希薄になっていく表現だったろう。肉体といわず、すべての物が重さを失い、かぎりなく浮遊することは、すでに古典的なアイディアとなっている。 ここでは関係を見ていたのかも知れない。エディーの味方だった謎の男も多重人格として描かれているが、彼の役割がいまいち判然としなかったので、彼が最後にエディーではなくフランクに味方するのは判らなかった。 デヴィッド・リンチ監督独特の映像で、暗い何も見えない画面の連続、特異なカメラ角度、オッタキーなディテール、流血シーンへの執着、ゆっくりしたしゃべり方、しつこく繰り返される走る車のヘッドライトに照らし出されたセンターライン、重い映画である。このセンターラインが、流れる時間の隠喩であり、人間がその上に乗って現代を疾走していることを言いたいのだろうが、この繰り返しは少ししつこい。同じシーンの繰り返しは、見ているほうが疲れる。 この映画は現代の描写に過ぎず、現代を突破する何も提出していない。独特の美学に基づいており、映像的なユニークさは認めるが、分裂された人格の孤独をどう回復するかにまで、彼の考察は届いてない。関係性を全体的に取り戻す方法には、彼は無関心である。 もちろんこれは、彼だけの責任ではなく、先端的な現代人すべての問題意識だから、ただちに解決できることではない。先鋭的な問題意識があることだけでも、良しとしなければならないだろう。最後にフランクがパトカーに追われて、頭をふるわせて画面がぶれていくところは、人格の分裂崩壊がよく表現されていた。 分裂した人格の破片が、男女ともに物として扱われており、乾燥しきっている。筆者も現代人の分裂を認めはするが、水分の抜けた人間描写には抵抗がある。分裂の過程で水分が抜けてしまうのも理解できないことではないが、反対に破片を集めても生身の人間が回復しないところに、現代の病根があるのかも知れない。 しかし、破片をも人間としてみる視線が必要ではないか。複雑な展開でありながら、実にドライな映像タッチである。男性的な観念の展開であり、現実感が薄い話だが、重厚な作りで記憶に残る映画である。2時間15分と長く、もう少し短くしても良いと思う。 | |||||
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