タクミシネマ        バーバー

バーバー    ジョルジュ・コーエン監督

 「The man who wasn't there」という原題の、きわめて哲学的な映画である。
物語の展開は簡単にわかるが、主題を理解するのは難しい。
第二次世界大戦の頃の話である。床屋の職人だったエド(ビリー・ボブ・ソーントン)は、片時も煙草をはなさない無口な男だった。
デパートの経理事務員であるドリス(フランシス・マクドーマンド)と結婚し、特別な不自由もなく、平凡に生活していた。

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 あるとき、ドライ・クリーニングのフランチャイズを、募集している男性クレイトン(ジョン・ポトリ)が店に来た。
彼は1口1万ドルの出資者を募っていた。
当時の1万ドルは大金であるが、何を思ったか彼はそれに応じることにする。
もちろん彼にはそんな大金はない。
彼はドリスの上司であるデイヴ(ジェイムス・ガンドルフィーニ)が、ドリスと不倫しているのをネタにして、デイヴを強請った。
デイヴは新しい支店を開くために、会社の金を横領しながら貯めていた金を、渋々ながらはきだす。

 エドが強請ったことがばれて、デイヴはエドを呼びだして、襲いかかってきた。
エドはたまたま手にしていたナイフでデイヴを刺すと、デイヴは死んでしまう。
しかし、逮捕されたのは妻のドリスだった。
横領からの仲間割れという動機が、逮捕の決め手だった。
腕利きの弁護士を雇って裁判を闘うと、判決がでるまでもなく免訴になる。
するとドリスは、獄中で自殺してしまう。

 後日、フランチャイズを募集したクレイトンが死体で発見され、エドが犯人として逮捕される。
裁判にのぞむが、彼は死刑となって、映画は終わる。
時代設定が古いとはいえ、この映画の問題意識はきわめて現代的である。
奥さんの浮気を知りながら、それを許してのんびりと暮らしていた床屋が、フランチャイズに投資しようとした。
それが殺人に発展し、結局のところ死刑になる。
しかし、その因果関係はまったく事実とは違う。


 生きることの手応えが失われつつある現在、人間存在自体も希薄になっている。
エドは特別な人間ではない。
しがない庶民が、現実に生活してはいても、歴史には存在しないも同然である。
名もない個々の人間が、社会を支えてきた。
彼らは何かを残したのだろうか。
ただ食べて寝てといった日々が、何か意味があると言うのだろうか。
エドとドリスの間には子供がいない。
子供を産まなくなった現代人は、歴史に残すものがない。

 庶民にとって日々に意味があり、庶民は歴史に何も残さない。
死んでしまえば、それで終わり。
前近代までなら、庶民はそれで良かった。
しかし近代では、庶民も哲学する。
庶民の残せるたった1つのものが、子供である。
獄中で自殺したドリスは、妊娠三ヶ月だったと知らされる。
エドとドリスにはもう何年も夫婦関係がない。
子供はデイヴの種だった。

 人間は大昔から浮気をしてきた。
結ばれてはいけない男女が、人目を忍んで交わってきた。
子供ができるのは、社会的な正当性からではない。
夫婦の交わりだけが、子供をもたらすのではない。
生き物としての男女の交わりが子供をつくる。
人間存在を意味づけるのは、その社会であって、生き物や人間という事実ではない。
人間は事実を知らなくても、この判決のようにきっちりと生活できる。


 「バーバー」という邦題では、この映画の主題はまったく判らない。
しかし、原題で考えてみると、作者の主張の深さや射程の長さがわかってくる。
この監督は、二つの表現をもっているが、この映画は「ブラッドシンプル」や「ファーゴ」から連なるものだろう。
「ファーゴ」では、美しい色彩感覚を示したが、この作品はモノクロである。
おそらくカラー・フィルムのモノクロ処理だろうが、カラー・フィルムのモノクロ処理は黒の深みに欠ける。

 モノクロにするというので、光の扱いに細心の神経を使ったのだろう。
監獄での接見時に天窓からの光が落ちるシーンや、後ろから光を当てたときの髪の毛の透けるシーンなど、細かい神経を使っていたのがよくわかる。
コダックのフィルムを使っていたが、カラーのほうが安い今では、モノクロを使う必然性が薄くなっている。
虚無感といったものを描くために、モノクロにこだわったのだろうが、モノクロ処理する必然性は感じない。

 無口で頑固、何を考えているかわからない。
しかし、仕事だけはきちっとやる。
人間関係はまるで下手。
それが職人である。
床屋職人を演じたビリー・ボブ・ソーントンが、ぶっきらぼうな職人らしさを、うまく醸しだしていた。

2001年のアメリカ映画   

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