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「The man who wasn't there」という原題の、きわめて哲学的な映画である。 物語の展開は簡単にわかるが、主題を理解するのは難しい。 第二次世界大戦の頃の話である。床屋の職人だったエド(ビリー・ボブ・ソーントン)は、片時も煙草をはなさない無口な男だった。 デパートの経理事務員であるドリス(フランシス・マクドーマンド)と結婚し、特別な不自由もなく、平凡に生活していた。
あるとき、ドライ・クリーニングのフランチャイズを、募集している男性クレイトン(ジョン・ポトリ)が店に来た。 彼は1口1万ドルの出資者を募っていた。 当時の1万ドルは大金であるが、何を思ったか彼はそれに応じることにする。 もちろん彼にはそんな大金はない。 彼はドリスの上司であるデイヴ(ジェイムス・ガンドルフィーニ)が、ドリスと不倫しているのをネタにして、デイヴを強請った。 デイヴは新しい支店を開くために、会社の金を横領しながら貯めていた金を、渋々ながらはきだす。 エドはたまたま手にしていたナイフでデイヴを刺すと、デイヴは死んでしまう。 しかし、逮捕されたのは妻のドリスだった。 横領からの仲間割れという動機が、逮捕の決め手だった。 腕利きの弁護士を雇って裁判を闘うと、判決がでるまでもなく免訴になる。 するとドリスは、獄中で自殺してしまう。 後日、フランチャイズを募集したクレイトンが死体で発見され、エドが犯人として逮捕される。 裁判にのぞむが、彼は死刑となって、映画は終わる。 時代設定が古いとはいえ、この映画の問題意識はきわめて現代的である。 奥さんの浮気を知りながら、それを許してのんびりと暮らしていた床屋が、フランチャイズに投資しようとした。 それが殺人に発展し、結局のところ死刑になる。 しかし、その因果関係はまったく事実とは違う。 生きることの手応えが失われつつある現在、人間存在自体も希薄になっている。 エドは特別な人間ではない。 しがない庶民が、現実に生活してはいても、歴史には存在しないも同然である。 名もない個々の人間が、社会を支えてきた。 彼らは何かを残したのだろうか。 ただ食べて寝てといった日々が、何か意味があると言うのだろうか。 エドとドリスの間には子供がいない。 子供を産まなくなった現代人は、歴史に残すものがない。 死んでしまえば、それで終わり。 前近代までなら、庶民はそれで良かった。 しかし近代では、庶民も哲学する。 庶民の残せるたった1つのものが、子供である。 獄中で自殺したドリスは、妊娠三ヶ月だったと知らされる。 エドとドリスにはもう何年も夫婦関係がない。 子供はデイヴの種だった。 人間は大昔から浮気をしてきた。 結ばれてはいけない男女が、人目を忍んで交わってきた。 子供ができるのは、社会的な正当性からではない。 夫婦の交わりだけが、子供をもたらすのではない。 生き物としての男女の交わりが子供をつくる。 人間存在を意味づけるのは、その社会であって、生き物や人間という事実ではない。 人間は事実を知らなくても、この判決のようにきっちりと生活できる。 しかし、原題で考えてみると、作者の主張の深さや射程の長さがわかってくる。 この監督は、二つの表現をもっているが、この映画は「ブラッドシンプル」や「ファーゴ」から連なるものだろう。 「ファーゴ」では、美しい色彩感覚を示したが、この作品はモノクロである。 おそらくカラー・フィルムのモノクロ処理だろうが、カラー・フィルムのモノクロ処理は黒の深みに欠ける。 モノクロにするというので、光の扱いに細心の神経を使ったのだろう。 監獄での接見時に天窓からの光が落ちるシーンや、後ろから光を当てたときの髪の毛の透けるシーンなど、細かい神経を使っていたのがよくわかる。 コダックのフィルムを使っていたが、カラーのほうが安い今では、モノクロを使う必然性が薄くなっている。 虚無感といったものを描くために、モノクロにこだわったのだろうが、モノクロ処理する必然性は感じない。 無口で頑固、何を考えているかわからない。 しかし、仕事だけはきちっとやる。 人間関係はまるで下手。 それが職人である。 床屋職人を演じたビリー・ボブ・ソーントンが、ぶっきらぼうな職人らしさを、うまく醸しだしていた。 2001年のアメリカ映画 |
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