タクミシネマ       上海の伯爵夫人

上海の伯爵夫人    ジェームズ・アイボリー監督

 多くの優れた映画を、世に送り出してきたこの監督も、すでに年老いたと感じさせる作品である。
鈍い展開、無駄なカットなどなど、老人特有の制作である。
1928年生まれなら、今年で78歳である。
老いたのも当然といえば当然である。

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公式サイトから

 1936年の上海。
ロシア革命後、祖国を失った貴族たちが、貧しい生活を送っていた。
若いソフィア(ナターシャ・リチャードソン)だけが、ホステス稼業+売春婦で生計を支えていたが、
一家の生活は辛酸をきわめた。
姉や義母たちは、彼女の稼いでくるお金にたよっていながら、水商売に足を入れた彼女を一家の恥と見なしていた。

 当時の上海には、さまざまな人々が流れ着いて、人種の坩堝といった風だった。
そんな一人に、かつて勇名をはせたアメリカ人外交官トッド・ジャクソン(レイフ・ファインズ)がいた。
視力を失った彼は、ひっそりと隠棲していたが、
競馬で一攫千金を当てたので、自分の店を持つのが夢となった。
店の看板女性を捜しあてたら、開店するつもりだった。
ソフィアとトッドが出会って、夢の店<The White Countess>が開店する。

 日本軍が上海に攻め込むまでは、順風満帆。
店は大繁盛したし、2人の仲も経営者と従業員として、うまくいっていた。
しかし、日本軍の侵入によって、彼等の平和な日常は崩壊する。
一家はソフィアにお金を工面させた上で、卑劣にも彼女を捨てて、香港に逃げようとする。
しかし、トッドがソフィアとその娘カティア(マデリーン・ダリー)を助けて、一緒にマカオに逃げようとするところで映画は終わる。

 話はこれだけで、きわめて単純である。
しかし、時代状況を考えれば、この映画はどのようにでも作ることができる。
時代に翻弄される人々、裏切り、信頼、虐殺などなど、映画的なシーンには事欠かないはずである。
中国人監督の撮った「上海ルージュ」のように、上海を内側から描くのではなくても、当時の上海なら充分に映画になる。

 盲目のトッドが、キャバレーを開くのに、ソフィアが絡んでくる。
しかも、愛情関係を持ちこまないと言うのが、話のウリと言えば言えるが、やはりちょっと無理だろう。
2人は雇用者・被雇用者であり、最後の最後になって結ばれるというのは、
トッドが盲目だったとしても、そんなという感じが強い。

 日本人のスパイ松田(真田広之)と、トッドの会話はなかなかに知的で、多いに楽しませてはくれる。
しかし、結末が見えてしまっており、店の中でいかに天国を作っても、それは所詮あだ花である。
外の世界のほうが強いに決まっているから、日本軍の侵入までと言うのが見えている。
その結末の時が来て、松田に諭されて初めてソフィアとの生活を考えるというのでは、優秀な外交官と言うにはいささか心許ない。

 西洋人たちから見れば、驚くほどのことではないだろうが、
零落したロシア貴族が、いざとなったときにきちんと礼装する。
その変身ぶりが見事だった。
それに貴族たちが、トカゲのしっぽ切りをして生き延びていく様は、おそらくあの通りだったのだろう。
母親のソフィアを切り捨てても、孫のカティアがいれば、血を絶やさずにすむ。
そうした強かさは、長年かかって形成されたものだろう。 

 個人という人間が大切だとか、人命は地球より重いといった価値観も、近代のイデオロギーに過ぎない。
前近代では個人を優先したら、誰も生きることはできなかった。
一家が生き延びて初めて、その中の個人が生きることができた。
それを知っているから、家の人々は一家を維持するために必死だった。
今から見ると、前近代というのは恐ろしい世界だが、近代が終わろうとする今、近代のイデオロギーも綻びが見え始めた。

 個人の命が大切だと言いながら、個人を大切にするために、多くの人の命が失われていく。
学校ではイジメにあって死なぬようにと考えながら、その予防が多くの不具合を生み出してしまう。
家族を大切にすることが、個人を殺していく。
異なる時代の価値を見せつけられると、今の時代がよく分かる。

  2005年英・米・独・中国映画
  (2006.11.25)

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