タクミシネマ          上海ルージュ

上海ルージュ    チャン・イーモウ監督  

 第二次世界大戦前、上海は西洋諸国や日本に分割占領されていた。
社会の混乱期には、新興成金が勃興しやすい。
しかも、新興成金は非合法組織とつながって、もしくはそれ自身が非合法組織であることが多い。
腐敗した権力者と結託して、巨額の富を手にする。
この映画は、そうした混乱期に勃興した唐家の一族と、余家の抗争を背景として、それに翻弄される歌姫の金宝を中心に進展する。

 農村部から喰い詰めて、都会に出てきた者たちが、必死で成り上がろうとする様は、今までたくさん描かれてきた。
近代化にともなう人口の都市への流動は、世界中の共通現象である。
この映画の想定している当時も、また現在も、中国では都市への人口の流入は続いている。

 映画の主人公というか、狂言回しというか、水生もそうした一人である。
彼は10才くらいの子供で、田舎から出てきて、唐家に奉公する。
彼の目をとおしてみた、当時の唐家の様子が、美しい画面構成で描かれる。

 美人で歌の上手い金宝も、田舎から出てきた一人である。
彼女は、新興成金=やくざの親分つまり唐家の主人の二号になって、表面では歌姫とはやされる。
しかし、暴力が支配する世界では、女性の地位は低い。

 唐家の主人に愛情がわかない彼女は、その子分を愛し密通するが、その子分からは愛されず、利用されただけだった。
子分が敵の余家と通じて、親分を殺そうとしたので一緒に殺されてしまう。
この映画の主題自体は、中国の後進性に拘束されており、新たな地平や時代を切り開くものではない。

 俳優たちの演技は古い。
ハリウッド映画を見なれた者には、演技が堅くそして重く感じられる。
また話の展開がのろい。
しかし、情報社会の代表であるアメリカ映画が早すぎるのであって、農耕社会の映画としては、これは当然のことである。
演技の古さ、話のすすみの遅さを差し引いても残るものが、アメリカ映画以外のいい映画だと思う。

 この映画は、きわめてオーソドックスながら美しい画面構成である。
画面の構成や色彩が、安定しており、きれいな絵画を連続して見るようである。
やくざの取引場面、出入りがガラスの向こうにシルエットだけで描かれる場面、金宝の家の外の並木道の夜景、島に隠れてからの風景描写などなど、この監督の美的な才能を感じさせるには充分である。
また、主人公の水生の顔のアップは、それだけで様々に意味を語らせている。
画面から、監督の美的な力量を充分に感じる。

 時代のなかで翻弄される人間を描くことは、時代を描くのではなく、人間を描くことを意識してないと危ない。
時代を描くのであれば、簡単に時代の進行においていかれるが、人間を描けば時代を越えて、どんな国にも適応する真髄がありうる。

 農耕社会であろうと、情報社会であろうと、愛情、嫉妬、欲望、競争心など、人間の心理はどんな社会にも、普遍的に存在する。
そうしたものを扱ったのが谷崎潤一郎だろう。
それに対して、時代の狭間で悩んだのが夏目漱石である。
だから谷崎は、世界的な普遍性を持つが、夏目は遅れて近代へ入る農耕社会の悩みを悩んだがゆえに、世界性を持たない。

 この映画は、時代によりかかりすぎて、人間の描き込みが足りない。
だから、画面の美しさは認めるにしても、いまいちの感興がない。
結局、中国のやくざ映画ということであろうか。
1990年中国映画。


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