タクミシネマ         戦争のはじめかた

戦争のはじめかた   グレゴール・ジョーダン監督

  戦争はどこにでもあり、軍隊は戦争に生きざるを得ない。
闘うことを止められた軍隊も、また自己の存在に苦しむ。
哲学的な主題を冷静に扱って、説得力ある感想を残す映画である。
実話に基づく映画だというので、いささか驚いた。

戦争のはじめかた [DVD]
劇場パンフレットから

 1998年冷戦も終わろうかという頃、西ドイツのシュツットガルトに駐留するアメリカ軍の話。
米軍基地では、闘わないで戦力を維持することに、専念する状況に、食傷気味になった空気が流れていた。
戦いがない軍隊とは、やるべき仕事のない組織だから、軍紀がゆるむのは無理もない。
兵士たちは麻薬に手を出し、軍事物資を横流ししていた。
その中心にいたのが、主人公のエドウッド(ホアキン・フェニックス)だった。

 彼の上司が代わる。ベトナム帰りのリー曹長(スコット・グレン)は、戦場を生きてきたからか、軍の浄化を始めた。
当然に、エドウッドは目の敵にされ、私生活まで徹底的に締め上げられる。
しかし、闘うことを知らないエドウッドは、軍紀の更生に反抗し、リー曹長と正面衝突する。

 彼はリー曹長への抵抗作戦として、娘のロビン(アンナ・パキン)を誘惑し、父親の父子愛を逆なでする。
ロビンもいささか切れていて、父親と対立している兵隊と知っていながら、父親を挑発するかのように、彼の不良っぽさが良いのだろうか、エドウッドと遊び戯れる。

 軍紀の緩みは軍の上部も気がついていたらしく、密偵になった新入り兵士ノール(ガブリエル・マン)よって、違反が暴かれていく。
最後には、麻薬の精製が爆発し、リー曹長とエドウッドは組み合ったまま、地上へと落下していく。
しかし、生き残ったのはエドウッドだった。
そして、彼はハワイに転属になり、また物資の横流しを始めるところで映画は終わる。


 「スリー キングス」もそうだったが、アメリカ軍を批判すると言うより、戦争そのもの、軍隊そのものを批判している映画である。
こうした映画に、どこの国の軍隊が協力したのだろうか、と思って劇場パンフレットを読んだら、米軍が西ドイツに残した施設でロケをして、個人所有の戦車を借り出したのだという。
だから、戦車はアメリカ軍のものではない、と劇場パンフレットには書かれている。

 我が国でも「守ってあげたい!」などで、自衛隊が協力しているが、「守ってあげたい!」は戦争批判の映画ではない。
我が国でこのような映画が企画されたら、自衛隊は協力するだろうか。
全米での公開直前に9.11がおこり、劇場公開が延期されてしまったという。
その後、何度も延期されて、3年たってやっと公開された。

 戦争も、軍隊も、しょせんは人間のやることである。
目的意識がはっきりしていれば、規律も保たれよう。
しかし、闘う組織の目的が否定されれば、機構は自律的には動かなくなる。
退廃がはびこり、目先の利く奴がのさばってくる。
それでいながら、組織は保たなければならない。
このあたりの皮肉な現象を、この映画はユーモアを交えながら、冷静に描きこんでいく。

 父親に対する跳ね返り娘の動機付けに、やや物足りないところがあるとはいえ、脚本は良くできており物語は破綻なく展開する。
戦車がビートルを踏みつぶし、新車のメルセデスを蜂の巣にする。
そして、ガソリン・スタンドを爆発させてみせる。
海上での爆破シーンとは違って、町中の爆発だから相当に危険だったろう。
破壊、爆破と、金もかかっている。


 哲学的な主題を扱っていながら、映画の作りは娯楽作品の定番である。
ベッドシーン、麻薬、暴力、爆発と、いけない映画の見本市であるが、いけないシーンが少しも気にならない。
青少年に悪影響があるというのは、どんなシーンを言うのだろうか。
映画に限らず、表現というのは全体的な文脈で判断すべきで、部分的な取り上げは無意味である。

 最後に「平和なとき、戦争は自ら戦争する」というニーチェを引用していたが、近代から誕生したアメリカは、ほんとうにニーチェの申し子である。
教会に通うアメリカ人の数は、イスラエルよりはるかに多いと言うが、神の死んだ近代国家では、教会のできることも高が知れている。
徴兵制の成立しない今後は、ますます闘うことの意味が問われていくだろう。

 原作と出演者はアメリカ人で、監督や美術・編集はオーストラリア人、資本と現地スタッフはイギリスで、ロケ地はドイツと、多国籍編成である。
エドウッドを演じたホアキン・フェニックスが、気だるい反抗者に徹してはまり役だった。
2001年イギリス、ドイツ映画
(2004.12.31)

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る