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ほのぼのとする中にもシニカルな味があり、絶妙なコミック映画である。 記憶喪失というありふれた主題でありながら、またSFXなど何も使っていない。 爆発もしないしベッドシーンもないにもかかわらず、感興を呼ぶ映画を作ることができる見本である。 星をつけるのには、何のためらいもない。 「ボーン アイデンティティ」が使った同じ記憶喪失でも、ずいぶんと違った映画に仕上がっている
田舎からヘルシンキにでてきた中年男性(マルック・ペルトラ)が、暴漢に襲われて記憶喪失になり、ホームレス同然の生活になる。 自分の名前すら思い出せないのだから、職業に就くこともできない。 もちろん収入はない。 我が国ならこうした場合、どのような生活が可能だろうか。 この映画の舞台はフィンランドだから、いささか事情が違うが、それでも極貧の生活であることは間違いない。 フィンランドも不景気らしく、厳しい生活が見える。 貨物用の大型コンテナを、何となく借り受けて住まいにする。 そして、ここがこの映画の救いなのだが、救世軍が貧しい人たちのために、様々な救援活動をしている。 同じ貧しさでも、アジアの貧しさには、ボランティアが助けることは少ない。 自国民に対して、救世軍のような活動が成り立つのは、近代を潜りぬけて、それなりに裕福になった国だけだろう。 やがて救世軍の中で働き、わずかな収入と好意を感じる女性イルマ(カティ・オウティネン)を得る。 そして、かつての職業だった溶接工になれるときに、銀行強盗に遭遇してしまう。 この銀行強盗もおかしいし、強盗に入られた銀行の女性職員も、奇妙な人物である。 しかも、この銀行は、北朝鮮に買収されたとか、まか不思議な話である。 警察に事情聴取されるが、名前を言わないので拘留される。 すると、救世軍のイルマが弁護士を派遣してくれる。 この弁護士と刑事のやりとりも、およそ現実離れしていて、ユニークなおかしさがある。 事件が新聞にでたことによって、彼の経歴が判り、もとの奥さんのところへと戻る。 しかし、すでに離婚が成立し、彼女は新しい男性と暮らしている。 当然のように、彼はヘルシンキに戻り、イルマとの恋を成就させるという展開は、平凡ながらも心温まるエンディングである。 主題といい、話の展開といい、とりたて目新しいものはない。お金もかかっていない。 この映画で感心するのは、人間を見る目の温かさと、映画を成り立たせている感性である。 記憶喪失の彼は淡々としており、皆まじめでありながら、どこかおかしな人間模様が共感を呼ぶ。 これが無上の幸せである。そうだろうと思う。 貧乏な人たちの生活が舞台になっているが、暗さはない。 むしろエピソードは、ほのぼのしたものばかりである。 パステルカラーの色彩も、この映画によくあっている。 けっしてどぎついというわけではなく、ライティングが効いた鮮やかな色である。 そして、救世軍の楽団をバックに歌う老女の歌は聴かせる。 皺だらけの彼女の顔を見ていると、とても想像できないような甘く良い声である。 極貧の生活を勧めるわけでは決してないが、どんな生活にも幸福感はあるものだ。 大金持ちだって自殺するのだから、人間の本質といったものは、あまり変わらないのだろう。 この映画は、人間の本質追究というヨーロッパ映画の伝統の上にあり、アメリカ的な最先端を追求するものではない。 そのスタンスが、この映画のすべてを決めている、と言っても過言ではない。 画面の動きは実に少ない。 また、画面の中央に人を配置したり、2人の時は両側に配置したりと、きわめてオーソドックスなカメラワークである。 フェードアウトもなく、カットとカットがきちんと繋がれている。 しかも、台詞ものろければ、俳優の動きはゆっくりである。 それでも監督の表現したいものは、よく伝わってくる。 この監督は日本にきたことがあるだろうと思う。 そして、日本が相当に気に入ったようだ。 バックには日本の音楽が2曲も使われていたし、列車の食堂車では寿司と熱燗の日本酒がでてさえいる。 フィンランドの食堂車で、寿司や日本酒がメニューにあるとは思えないから、監督の思いつきだろう。 とにかく思わず笑ってしまうような、なかなかのコミック映画だった。 2002年フィンランド映画 |
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