タクミシネマ         ボーン アイデンティティ

ボーン アイデンティティ   ダグ・リーマン監督

 マット・デイモンが筋トレで身体を鍛え、精悍になって登場する。
まだ、子供の雰囲気が残るが、大人への変身中といったところだろうか。
上質な娯楽映画で、映画館に足を運んでも、充分に元が取れる。
「ロング キス グッドナイト」の男性版といったところだろうか。
ボーン・アイデンティティー [DVD]
劇場パンフレットから

 地中海で操業中の漁船が、海上に浮かぶ人間を発見し収容する。
死んでいると思ったら、かすかに息をしている。
背中に2発の銃弾を撃ち込まれ、お尻には小さなカプセルが埋め込まれていた。
カプセルには、チューリッヒの銀行の口座番号が書かれていた。
しかし、彼は自分が誰なのか、まったくわからなかった。
記憶喪失を手がかりにしたサスペンスはありふれているが、それなりに面白い話であるから、たびたび映画化される。

 海から戻った彼は、早速チューリッヒにむかうが、銀行で発見したのは、大金と六種類のパスポート、それに拳銃だった。
格闘技に優れた彼、ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)は、CIAによって訓練された無敵の暗殺者だったが、本人にはそれは最後になるまでわからない。
自分が誰であるかわからないままに、次々と攻撃を受ける。
その謎解きが、この映画の楽しみである。

 この映画の前提には、アメリカの世界戦略がある。
アメリカは1980年代以降、他国の指導者でも、横暴な独裁者であるという理由で、逮捕拘留している。
パナマのノリエガ将軍の逮捕は、主権の侵害だという声よりも、独裁者を排除した賞賛のほうが高かった。
しかし、イラク、ソマリア、アフガンと、それ以降の内戦介入は、政治的には失敗している。


 他国の指導者の暗殺は、もちろん非合法だし、それが発覚したら国際問題になる。
そこで隠密行動のCIA登場になるのだろうが、アメリカの最近の動向を見ていると、この映画が描くような暗殺を、各地でしているように感じる。
それが独裁者の排除という理由か、アメリカの利権を追求してのことか、定かではない。
しかし、主権の尊重といったきれい事だけでは、最近の動きは説明できないのも事実だろう。

 アフリカなどの有名ではない小さな国では、群雄割拠状態が続いていると見るべきだろう。
そのうちの強い者が独裁政権を築き、一度政権ができると、強権的な政治に走るというのが定石になっている。
近代をまったく知らない地域では、封建時代さながらの話が繰り広げられている。
部族抗争に、先進国が武器を輸出するから、闘いの犠牲が大きくなる。

 アラブ諸国に民主主義といった概念は存在せず、部族社会がそのまま大きくなっただけであろう。
石油が出なければ、未だにラクダに乗って、遊牧をしていたに違いない。
ましてやアフリカでは、近代なるものを想像するのは、ほとんど不可能だろう。
選挙によって選出された政府が、統治すると言った考えは、途上国では薄い。
あっても、対外的な名目のために、選挙を実施している状態だろう。


 一つの価値への集中が、近代化のエートスだから、近代が始まるときは、国家の宗教化現象が不可避である。
わが国の戦前を想像すれば、それは簡単にわかる。
近代化に成功すれば、独裁は避けられるが、一つ間違うと北朝鮮や戦前のわが国のようになるのは、歴史の必然である。
共産主義国家は自己崩壊したが、自己崩壊より独裁が倒される可能性のほうが低い。
北朝鮮のように、先進国化を開始した国では、独裁体制が強固になるだろう。

 先進国と、途上国の平和的な共存は、今後ますます難しくなっていくだろう。
先進国は、自国の利益と安定をめざして、危機を取り除くべく他国に介入するだろう。
いまでこそアメリカとイギリスだけが介入を肯定しているが、先進国がこぞって介入するのは時間の問題だろう。
それほど先進国と途上国の利害は、鋭角的に対立することになる。

 人道的な問題としてではなく、先進国の経済が独裁体制と共存できないのだ。
当初アメリカは、独裁者との取引のほうが、効率がいいと考えていたはずだが、結果として独裁は効率が悪いことに気づいてきたように思う。
そうした意味では、今後は北朝鮮の独裁体制は、攻撃されても仕方ない面をもっているように感じる。


 他国の指導者の暗殺は、当然のこととして反動を生む。
力の弱い方からは、それはテロとして実行されるだろう。
元来が暗殺は体制側が行ったのであり、テロも体制側が行ったのが始まりである。
政治的な行動に対して、感情論で対峙するのは無意味である。
先進国の庶民が、安楽な生活をおくることそれ自体が、格差を生みだすのだ。

 この映画で驚いたのは、パリの街で大々的なカーチェイスが繰り広げられることだ。
パリ市庁舎が、よくあんなカーチェイスを許可したものだ。
このカーチェイスは、古いミニが主役になっており、前輪駆動車独特の走り型を楽しめる。
モンテカルロ・ラリーやスカンジナビアン・ラリーで、活躍したのを思い起こさせる。
すでに生産中止になり、新型が登場したが、ミニには良い宣伝になったと思う。

2002年のアメリカ映画 

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