タクミシネマ           ラッキー ブレイク

ラッキー ブレイク   ピーター・カッタネオ監督

 刑務所の所長がミュージカルが大好きで、そこへ入所したのがミュージカル好きな悪い奴ジミー(ジェームズ・ネズビット)だった。
悪人にも趣味があるのは当然で、やくざだって歌も聴けば踊りも見る。
悪人は悪の道を歩くのだろうが、善人が職業一筋ではない程度に、趣味の世界にもひたる。
ラッキー・ブレイク [DVD]
公式サイトから

 イギリスのロング・ラドフォ−ド刑務所では、収監者の更正を考えている。
そのためにさまざまな事業を行ってきたが、所長のグラハム(クリストファー・プラマー)がミュージカル好きなところから、今回はミュージカルの公演をさせようとした。
それに乗じて脱獄しようとしたのが、ジミーである。

 紆余曲折を経て、脱獄自体は成功するのだが、ジミーは友人たちを脱獄させて、自分は監獄に戻る。
というのは更正を担当する、美人カウンセラーのアナベル(オリヴィア・ウィリアムス)に惚れてしまったからだ。
映画自体はそれなりにできており、2時間を楽しめはする。
ハリウッドのミュージカルと違って、実に地味でまるで学芸会である。
素人のミュージカルだから、それも当然だが、イギリス映画というのは何となく独特の雰囲気がある。


 この映画もコメディとして作られているのだろうが、前作の「フル モンティ」と比べると、笑える程度がずいぶんと低い。
それは悪人ジミーに、恋をさせるからだろう。
恋自体をコメディにする方法もあるが、この映画ではまじめな恋として扱っているので、2人が向き合うとどうしても真面目になってしまう。

 ドジな奴が恋なんてガラかよ、というのは、近代が成熟していないわが国での話で、人を好きになるのは誰にも止められないものだ。
そう考える国では、恋とはまじめなものだ。
誰も人を好きになることを笑ってはいけない。
とすれば、映画も真面目になって、笑いが度合いは少なくなるのは仕方ない。

 今回はこれ以上、映画自体には論評しない。
この映画が考えさせられるのは、刑務所のなかの囚人たちの生活である。
わが国でも、懲罰主義から教育主義へと転じて長い時間がたつ。
しかし、留置所や刑務所の人権意識や更正計画が、格段に進歩した話はあまり聞かない。
ときおり慰問の話が、漏れ聞こえるくらいだ。

 最近の報道などでは、監獄での対応はむしろ厳しくなっているようですらある。
厳正独居もいまだに行われているようだし、警察での拘置期間は異常に長い。
また所持品の制限なども、この映画に比べるとはるかに厳しいようだ。
映画だからの話であって欲しいが、イギリスの刑務所の囚人たちへの姿勢は、ずいぶんと暖かいものを感じたのも事実である。


 映画「うなぎ」などに見るように、わが国の刑務所からは、意地悪な刑務官のペリー(ロン・クック)が演じた役のほうが、あっているような気もする。
彼は悪人は更正しないという立場で、痛めつけるほうが秩序維持には役に立つと考えている。
それはジミーのような累犯者が多いことにも起因するのだろう。

 またジミーの同室だったクリフが自殺するが、その理由は面会にきた奥さんが、他の男とできていると知ったからだ。
刑務所での生活を支えるのは、たぶんに外部の人たちである。
人に必要とされているという思いが、更正を支えるのだろう。
愛されていることが、生きていく証であるというのは、塀の向こうでもこちらでも人の心は同じだろう。

 塀の外につながりをもたない人は、刑務所のなかでも待遇が悪く、わが国でも虐められるらしい。
外部に大きな支えがあれば、看守たちも社会から監視されていると思うので、酷いことをしないと言う。
組織暴力団の組員は、何かと融通を利かせてもらえる、と聞く。


 わが国の話、実際のところよりも、刑務所行政を国がどう考えているが、もっと知らされても良い。
刑務所での人権こそ、ほんとうの意味での人権だからである。
わが国が、ほんとうに教育刑になるのは、一体いつのことだろう。

 蛇足ながら、劇場パンフレットに書かれている解説はどれもクズばかりだが、このパンフレットの大場正明氏は例外的に素晴らしい。
「悲惨な世の中でも、仲間と愛は大切にすべし!」というタイトルで、1980年から90年代のイギリスの社会事情をよく押さえてある。
刑務所に入る人が増えたことがサッチャー改革の結果で、それがこの映画に反映されているという。

 刑務所の所長の前で、ジミーの犯罪歴を読み上げる下りや、同室のクリフの犯罪など、アメリカと同じ犯罪傾向が反映されているらしい。
言われてみればその通りで、イギリスの失業率の高さは刑務所収容者数と無関係ではないだろう。
アメリカ流の個人主義が、イギリスにも広まったので、古き良き共同体が崩壊したとの指摘は、そのとおりだろう。
イギリスの好調さの裏には、暗い側面もある

 この監督は、失業者を描いた「フル モンティ」といい、本作といい、サッチャーリズムの置きみやげを好んで描写しているようだ。
いつもは真面目に読みもしないパンフレットだが、今回の大場氏の文章には感服させられた。

2001年のイギリス映画   

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る