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 うなぎ 今村昌平監督

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うなぎ [DVD]
 久々の日本映画で、今村昌平監督がカンヌでグランプリを取った。
映画の出来には、半信半疑で見に行ったが、映画の評価は充分に及第点である。

 匿名の手紙で、自分の妻・山下恵美子(寺田千穂)が浮気していることを知った山下拓郎(役所広司)は、夜釣りを早く切り上げて帰る。
浮気の現場に踏み込んだ彼は、妻を刺し殺す。
10年の懲役だが、8年で仮出所。
千葉の佐倉で床屋を営んで、孤独に暮らし始める。

 自殺未遂の服部桂子(清水美砂)を助けたことから、彼の生活が変わる。
どうしたわけか、彼女は山下理髪店に通うようになる。
桂子が山下に好意を持つ理由が、説明不足で少し不自然である。
当初、誰にも心を開かなかった山下だが、桂子のひたむきさにだんだんと明るくなる。

 山下のうなぎへの独白が、何度も挟まれて場面が展開するだけで、初めこの映画は何をめぐっている話なのか判らない。
桂子は前の男の子供を妊娠している。
後半の騒動のなかで、桂子が妊娠していることが皆に判ったとき、山下は自分の子供だという。
そして、その子供を育てるべく、桂子に生むように頼む。
これがこの映画の主題である。

 自分とは血縁のない子供を生んでもらい、それを育てようとする決意が、生まれてくる子供を人間として認める。
この映画の主題である無条件の人間愛が最後に判る。
絶対的な人間愛という主題が、今日的で良い。
ただし、その展開は孤立した強靱な個人が担うという、超社会的なものであり、男性好みの非常に観念的である。
そのため、台詞が庶民的ではない。

 導入部の人物設定の甘さ、鈍い展開など、いくつか気になったことはある。
しかし、顔などの無意味なアップがなく、きちんとした物語の展開、絵画的に美しいいくつかの場面、演技をしている役者たち、コミカルな挿話など、上手く作られている。

 市原悦子が演じた精神異常の母親、UFOを追い求めている男とその装置など、学芸会的ながら面白い設定である。
水面にうつった淡い月、自転車に乗る山下を隅に入れた水面のシーン、夜釣りの船が橋を過ぎゆく場面など綺麗だった。

 気になったのは、1988年に刑務所に入って、8年で出てくれば、映画の舞台は1996年である。
それにしては、小道具が少し古くないだろうか。
今時どこの床屋でも、剃刀を砥石で研いではいない。
どこでも替え刃を使っている。

 産婦人科医も、大時代的な診察室だった。
また今時に、現役の船大工がいるのだろうか。
あと20年くらい時代をさかのぼっても、物語は充分に成り立つから、時代設定を変えたほうが良い。
それとも低予算映画だから、時代考証にお金がさけなかったのだろうか。

 監督のツテだろうなじみの役者が、脇役にもたくさん出演している。
役者たちの日程が合わないのか、一人もしくは少人数でのシーンが多い。
物も壊れないし、山下理髪店以外はすべてロケだろう。
セットを組む予算がないなかで、苦労しながら撮っていることを感じさせる。

 演技の堅い役所広司に山下役はあっているし、山下恵美子と服部桂子に、顔の似た俳優をキャスティングしている。
この映画はお金がないなかで、よく健闘している。
山下の裏面である高崎を演じた柄本明が上手かった。

 ところで、日本趣味がそこここに散見されるのは、どんなものだろう。
山下が再び収監されるときに、迎えに来た警察の車が、3ナンバーのクラウンでピカピカだった。
あんな高級車が、警察で使われるくらい裕福になった。

 日本趣味のエキゾチズムを売り物にする時代は、終わったように感じる。
今日的な主題なのだから、最後の舟に乗った花嫁のシーンなど不要である。
オリエンタリズムがカンヌでのグランプリに繋がったのでなければ幸いだが。

 蛇足ながら、二点。
ベッドシーンが他に比べてばかにリアルなのは、ライティングの違いだろうか。
広い場面が軽く、狭い場面が重く感じられるのは、フイルム感度が正比例でないことを、正確に計算してない感じがする。
そのため全体に、広い場面ではオーバー、狭い場面では適正露出かアンダーとなっている。
とりわけ自然光と人工照明との違いに、もっと神経を払って欲しい。
もう一点は、今やナチュラルメイクの時代なのだから、ドーランの厚化粧はやめて、俳優のメイキャップも自然に見せるべきである。

 力のある監督が、きっちりと作った映画で、よくできたいい映画だと思う。
主題も納得できる。充分に合格点の水準である。
しかし、今日的な映画を見慣れた目には、少し古い感じが否めなかった。
時代は残酷である。
 1997年日本映画


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