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ニッキー(ローラ・ダーン)が、ポーランド映画「47」をリメイクした「暗い明日の空の上で」に出演する。 相手役は、デヴォン・バーク(ジャスティン・セロー)だった。 監督はキングスリー(ジェレミー・アイアンズ)で、助監督はフレディー(ハリー・ディーン・スタントン)だった。
ニッキーの夫は、町の実力者ピオトルケ(ピーター・j・ルーカス)で、2人は豪邸に暮らしている。 ここまでは簡単にわかる。 しかし、映画のなかの話と、現実の話が交錯し、 しかも、兎のぬいぐるみをきた3人が、不思議なシーンをつくって登場し、それをなお複雑にする。 何の前提もなく、ポーランドとハリウッド、現実と映画のなか、それと兎人間が登場し、一切の説明なしに、思わせぶりな演技が続く。 おそらくこの監督の好きな2重人格と1人2役、つまり現実と虚の交錯が主なトーンで、 それに今度は時間の倒錯が加わっているのだろう。 60歳を越えた監督には、3時間の長さはもはや無理だ。 デジタルのハンディ・カメラを使っているらしく、 顔のアップがべったりとした画面で続く。 しかも、広角で撮影された顔は、長廻しで、思わせぶりに歪んでいる。 この監督は、エレフアント・マンなどで固有のファンを掴んだので、 すすんで謎解きをやってくれる客をもっている。 その後、「ロスト ハイウエイ」で多重人格を描き、判らなさで売っているところもあり、 こんな映画を売る自信があったのだろう。 しかし、観念を組み立てるのは、大変な体力が必要で、60過ぎの人間には困難である。 観念の部品を、ばらばらにちりばめているが、結局1つの物語を作ってはいない。 監督としては、それで良いというのだろうが、見るほうとしては見るべきものを見たいのだ。 映像美、リズム、演技、主題…、何でも良いが、映画に遊びたいのだ。 遊ぶネタを提供してくれなくては、監督として非難されても仕方ないだろう。 裕木奈江が終盤で、怪しげな英語で、長い科白を喋っていた。 日本人の俳優さんが、どんどんアメリカ映画に出演しているのは、とても良いことだ。 身体の大きさや発音の悪さなど、まったく気にする必要はない。 主演したローラ・ダーンが、製作もやっているが、 彼女はこの映画を、どうやって売り込んだのだろうか。 なによりも3時間は長すぎる。後半は、ほぼ拷問の時間だった。 2006年のアメリカ映画 (2007.8.9) |
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