タクミシネマ         武士の家計簿

武士の家計簿    森田芳光監督

 1950年生まれの監督も、はや60歳である。
1983年にATGで、「家族ゲーム」を撮った監督だが、27年は長い月日なのだろう。
家族を支える愛と、父親への服従を描いて、何だか随分と遠くに来てしまった感じがする。

 「武士の家計簿」の原作が、偶然発見した「金沢藩猪山家文書」をもとに書かれている。
これは猪山家の出納帳であり、ただ金銭の出入りを書いたものでしかない。
そのため、淡々と事実が並んでいるだけだ。
それを映画というエンタメにするには、なかなか骨が折れたことだろう。

公式サイトから
 映画製作上の苦労はよく判るとした上で、今この映画を、このように撮る意味は何処にあったのだろうか。
借金漬けとなって傾いた猪山家を、立て直した猪山家八代目の直之(堺雅人)の部分は良いとしよう。
しかし、「家族ゲーム」でみせた時代を見る目は、一体何処へ行ってしまったのだ。
加齢は目を曇らせるのだろうか。

 直之は御蔵米の勘定役に任命された。
農民たちへのお救い米の量と、藩からでた供出量との数字が合わないことを不審に思い、独自に調べ始める。
その結果、役人たちによる米の横流しを暴いてしまった。
直之は左遷されそうになるが、左遷の取り止めに加え、異例の昇進を果たす。

 江戸時代も終盤になると、どこの武士家も財政が逼迫していた。
猪山家も例外ではない。
直之は<家計立て直し計画>を宣言。
それは家財一式を処分、質素倹約をし、借金の返済に充てるという決断だった。
抵抗する両親を説き伏せて、家族は一丸となって、借金を返済することを約束させる。

 倹約生活が続く中、直之は息子・直吉にも御算用者としての道を歩ませようとする。
そのため、4歳の直吉にして家計簿をつけるよう命じ、徹底的に算盤を叩き込んでいく。
そんななか、おばばさま(草笛光子)が鶴亀算を出題する。
驚くべきことに、5歳で直吉が解いている。
直之も5歳で解いたという。

 父の直之よりも早く、彼は11歳で算用場に見習いとして入る。
成人した直吉、改め成之(伊藤祐輝)は、京都へ向う。
そこで大村益次郎にそろばんの腕を見込まれ、軍の会計職に就く。
その後は明治政府のなかで、主計局長として出世していく。

 戦国時代であれば、武力に優れているほうが、エリート武士である。
しかし、平時には行政官僚のほうが、はるかに重要なのだ。
電卓やコンピューターのなかった時代でも、出納という考え方は今と同じである。
算盤の技術と言うより、金銭出納の技術といったほうが良いだろう。

 戦をするにも補給が必要だ。
補給のためには、数量をきちんと抑えなくては、前線に物資が届かない。
じつは行政官僚は、いつの時代にも不可欠なのだ。
社会が複雑になればなるほど、官僚の力はより必要になる。
それを算盤に託して描いたのが、この映画である。
官僚の重要性を除くと、主題らしい主題はないといっても良い。

 司法官僚を扱った「瞳の奥の秘密」は、官僚から逸脱する男女を描いて秀逸だった。
官僚賛美という映画は面白くない。
それはわかるが、もう少し別の作り方があったように思う。
これでは官僚賛美と、家族愛の映画である。
こんな後ろ向きの主題では、「家族ゲーム」が泣こうというものだ。

 気になったのは、算盤の名手がそろっているはずの算用場で、誰一人として算盤を達者に使っていない。
算盤の珠をはじく音が、まるで雨だれのようなのだ。
昔の算盤であっても、もっと流れるように連続的に弾かれたはずである。
算盤の名手が150人もいれば、蝉が鳴くような音がしたはずである。

  帳簿と算盤を交互に見ていたが、算盤のプロであれば、ブラインド・タッチだったろう。
算盤など一切見ずに、帳簿だけに目をやって、数字を追いかけているはずである。
素人のように算盤を見て弾いているなんて考えられない。
ちょっと演技指導に疑問が残る。

 町同心・西永与三八(西村雅彦)は剣術の指南役だから、あんな竹刀の握り方はしない。
竹刀を両手で両側から合わせるように握るのではなく、両方の手首を絞るように握っていたはずだ。
せっかく袋竹刀を使っていたので、握り方もきちんと演技をして欲しい。

 武士の歩き方ができていない。
瓦屋根と軒先部分のつくりが違うとか、気になることはたくさんある。
しかし、そうした時代考証は、もうできないのだろう。
それは仕方ないことだが、普通の竹刀ではなく、袋竹刀を持ちだしたのなら、もう少し頑張って欲しかった。

 いつも思うが、時代劇というのは、もうコスプレなのだろう。
刀を差して歩くことが、人間の身体を作っていた時代を再現することはできないのは判る。
しかし、それにしても、もう少し時代考証に力を入れて欲しいと思うのだが。
最後に、おばばさま役を演じた草笛光子が、それはそれは上品で、超々美人だった。
最近にはない美人で、彼女を見ただけでも、得をしたように気になった。
2010年の日本映画
(2010.12.9)


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