タクミシネマ       ずっとあなたを愛してる

 ずっとあなたを愛してる
フィリップ・クローデル監督

 飛行場で訳ありの女性が、人待ちげに椅子に座っている。
こわばった顔をして、せわしなくタバコを吸っている。
15年の刑を終えて出所したジュリエット(クリスティン・スコット・トーマス)は、妹のレア(エルザ・ジルベルスタイン)の迎えを待っていた。

Still of Kristin Scott Thomas and Elsa Zylberstein in Il y a longtemps que je t'aime
IMDBから

 出所しても行くところのないジュリエットは、レアの家に転がり込む。
殺人罪で15年収監されていたことを知る、レアの夫リュック(セルジュ・アザナヴィシウス)はいい顔をしない。
しかし、ジュリエットも少しずつ心を開き、まずレアの2人の子供たちがなつく。
そして、リュックもジュリエットを迎え入れるようになる。

 2人は年のはなれた姉妹で、姉が下獄して以降、姉はいないと教育されてきた。
姉が自分の子供を殺したことが、レアのトラウマにもなっていた。
夫婦ともに健康であるにもかかわらず、彼女は子供を産むことをためらって、ベトナムから養子をとっていた。
この設定は、実に説得的である。
いまでは簡単に子供をもつわけにはいかないのだ。

 
 医者でもあった母親のジュリエットは、不治の病に苦しむ息子を、安楽死させたのだ。
苦しがる子供を救えない無力感と、苦しさから解放するために、安楽死させてしまった。
彼女は自責の念に苛まれ、裁判でも一切の弁明を拒否して、15年の刑期をつとめてくる。
その屈折した心理を、クリスティン・スコット・トーマスは見事に演じている。

 クリスティン・スコット・トーマスはいるだけで、知的な存在感を漂わせる女優である。
この映画でも、深い心理的なうごきが表れている。
出所後の職業として病院の秘書になろうとするが、秘書というカラーではない。
むしろ医者以上にインテリな感じがある。
その落差が、彼女の悩みを良く表している。

 レア夫婦は大学の教員であり、友人たちも教員が多い。
そんな中に入っても、ジュリエットはひときわインテリっぽい感じがする。
15年の孤独は、彼女の精神を鍛え、人間存在にひときわ敏感にさせていた。
自分が子供を殺してしまったことにも、他者がどうにも手出しできないことにも。
また、苦しむ子供に、死をもってしか助けることができなかったこと。

 単なる殺人罪なら、これほどの苦悩もないだろう。
自分の子供を殺したことを、他人はどういおうとも、自分が許せない。
他に方法がなかったとはいえ、彼女は神に償うために、黙って収監されたのだ。
その苦悩が他人に伝わるはずがない。
ミシェル(ロラン・グレヴィル)とは分かり合えそうだが、それでも他人である。

 社会福祉士が彼女の心の中に、ずかずかと入り込んでくる。
社会福祉士はまったくの好意からの発言だが、他人の心は簡単に覗けるものではない。
ありがちなパターンにはめ込まれるのがオチだ。
無神経な親切心が、ジュリエットの心の傷を、撫でていく。
厳しい孤独の現実。

 
 日本の映画だと、喋って分かり合って、涙を流すことになる。
しかし、フランスの映画は、あくまでも個人は孤独なのだ。
そうではあっても、ゆっくりとレアの家族やその友人たちと、関係が深まっていく。
このあたりは、個人の輪郭がはっきりと残り、人間関係のできかたの違いがわかる。

 日本人だってフランス人だって、人間関係の作り方はそう違わない。
違うのは、それが表現されたときだ。
無条件の一体感を良しとして、描く我が国に対して、個人の自立を前提にして描くフランスの違いである。
どちらが現実を良く映しているかと言えば、フランスであろう。
我が国の映画は、人は解り合える、かくあれとお説教しているのだ。

 出所後、2週間に一度通っていた警察の担当者が、自殺する。
こうした背景も孤独の現れの表現だろう。
それにたいして、脳梗塞の後遺症で失語症になったリュックの父親とは、言葉がなくても心が通っている。
このあたりは自然な流れである。
また、認知症で施設に入っているイギリス人の母親(クレール・ジョンストン)が、ジュリエットに英語で語りかけるのも新鮮だった。

 刑務所でジュリエットは、自分とだけ向き合ってきた。
人間関係を取り結んでこなかった。
出所後のやつれが、徐々に溌剌とした雰囲気になる。
メイキャップも上手い。
丁寧な映画つくりであることは、充分に認めるし、良い映画だと思う。

 状況の設定、問題意識、カメラワークなど良いのだが、展開が鈍い。
姉妹が泳ぐシーンが何度もあったり、刑事に面会するシーンも多すぎる。
無駄なカットが多く、間延びしているのだ。
アメリカ映画を見なれた者には、フランス映画に特有の展開の鈍さは、どうにも感傷が薄くなってしまう。

 現代的な主題で、「イングリッシュ ペイシェイント」で好演したクリスティン・スコット・トーマスが主演とすれば、感動が残りそうなものだ。
しかし、見終わった充実感が残らない。
星に値する映画だとは思うが、何となく素直に星を献呈することができない。
「IL YA LONGTEMPS QUE JE TAIME」   2008年のフランス=ドイツ映画
(2009.12.29)

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