タクミシネマ                    イングリッシュ・ペイシェント

 イングリッシュ ペイシェイント 
 アンソニー・ミンゲラ監督

 第二次世界対戦も終わりに近い頃、ハンガリー人でありながら、砂漠の魅力にとりつかれた男アルマシー(レイフ・ハインズ)がいた。
当時、サハラ砂漠にはまだ地図がなく、イギリスはその地図を作成するために調査隊を派遣していた。
そこで彼は、イギリスの砂漠調査隊の一員となって、サハラ砂漠を歩いていた。
戦争は激化していたが、彼には戦争への関心はない。

 調査隊へ、イギリスから訪問客がくる。
クリフトン夫妻で、調査隊のスポンサーから派遣されたのだが、夫はすぐに帰国する。
砂漠に奥さんのキャサリン(クリスティン・スコット=トーマス)だけが残る。
この女性は現代的で、きわめて魅力的である。
アルマシーはいささか変わり者で、厭世的なところがあり、非常に内向的だった。
その彼がどうしたわけか、キャサリンに恋してしまう。
彼女の方は砂漠の恋で終わらせるつもりだった。
しかし、二人は恋の泥沼にはまっていく。

 映画は、死んだ彼女を飛行機に乗せて、サハラの空を飛んでいるところから始まる。
その飛行機が撃墜され、彼は大火傷をおった上に記憶喪失となる。
ただ、イギリス関係とだけ判るので、彼はイングリッシュ ペイシェントと呼ばれる。

 記憶が回復されていく過程を、献身的な看護婦ハナ(ジュリエット・ビノッシュ)の看病とまざりながら、画面は展開する。
ハナは、自分と関わる人間は皆死んでしまうことから、瀕死の彼の看病に自分を捧げた。
従軍看護婦だった彼女にも恋人ができ、アルマシーたちの超越的な純愛と対比しながら物語が進む。

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 話の展開がやや遅く、なかなか筋が見えてこない。
最後になって、アルマシーは砂漠で怪我をしたキャサリンを救うために、調査隊が作った地図を敵であるドイツ軍に渡すことがわかる。
地図と引き替えに飛行機の燃料を手に入れ、それで一人残した彼女を救いにいくが、彼女はすでに死んでいる。
その飛行機が撃墜されて、今、彼は瀕死の重傷というわけである。
瀕死の彼は死が近づいたことを知って、ハナにモルヒネを致死量注射し、安楽死させてくれと望む。
ハナは彼を安楽死させたあと、恋人のいるところへと元気よく出発するところで、映画は終わる。

 映画の後半は、アルマシーがベットに横たわっての回想である。
そこへ、ドイツ軍に地図を渡したことが裏切りであり、彼はスパイだったという嫌疑をかけられる。
彼の裏切りのためにドイツの拷問にあったカラヴァッジョ(ウィレム・デフォー)が報復殺人のために追ってくる。
彼は、記憶喪失しているアルマシーを見て、真相を確かめようとし、すぐには殺さない。
真相が判り、やがて殺意がなくなる。

 これ以上はないと思われるほどの純愛映画であるが、やはり現代の恋愛映画である。
ヒロインは決して美人ではないキャサリンが魅力的で、人物設定がきわめて現代的である。
このヒロインが頭脳明晰で、独立心の強い女性として描かれており、実に主体的に行動する。

 夫以外の男性を愛することにそれほどの抵抗を見せない。
いわゆる不倫=許されざる愛に悩む時代は終わったことを、この映画は示している。
それに対して、男性の方はむしろ子供のように描かれている。
男女関係が始まると、女性の方が大人の態度を見せるが、恋のきっかけを作るのはまだ男性側である。
次の恋愛映画は、女性のほうから男性にアプローチする話だろう。 

 アルマシーとキャサリンの愛情を縦糸として話は展開するが、様々な話を横糸として絡ませている。
きわめて個人的な動機による従軍看護婦の献身的な看護、イギリスの人種差別など、それだけでも一本の映画になるくらいである。
この映画の主題は、キャサリンを救うためには、敵国ドイツとの取引も厭わない至上の純愛表現である。
愛情が国家や戦争の犠牲になる映画はたくさんあったが、この映画では愛人の命を救うために、国家を越えている。
まさに一人の命は地球より重いのである。

 人物設定や状況設定が複雑で、話は判りづらいが、画面は立体的で陰影にとんでいる。
特にハナが、ロープに乗って教会の壁画を見るシーンは、形容できないくらいに美しい。
ワンショットが美しい映画はたくさんあるが、この映画は動いている場面が美しい、映画ならではの美しさがある。
この映画では、恋の邪魔をするのは、人間ではなく砂漠という自然である。
キャサリンがとても魅力的で、美人なだけで男にもてる時代は終わったことが明らかである。

 愛する二人が死ぬのが感動的な恋愛映画としたら、この映画はその通りに作られている。
恋の邪魔をするのが、農耕社会では家や親だったり財産・権力だったりした。
今日ではどんな男女でも結ばれ得るので、純愛が成立しなくなったと言う。
しかし今までの純愛は、女性に経済力がなかったので、男女が対等ではなかった。
そうした状況では本当の恋愛は成立しない。

 アメリカでは今やっと女性の終生職業が定着し、女性も男性とまったく同じ立場で男女関係が作れるようになった。
そうした時代背景がこの映画にはある。
だから、精神的なつながりだけで男女関係が成立しうる現代で、初めて見ることができる恋愛映画である。
今やっと純愛が語れる時代が来たのである。
ほんとうに今日的な状況設定、人物設定の純愛映画である。
我が国では、女性の社会進出はいまだ遅いので、この映画は理解されず、それほど高い評価を受けないだろう。

 同時代的であり、美しい場面をもったいい映画である。
オスカーを九部門受賞と言うには、展開が遅く全体が長い。
しかし前述のごとく、ほんとうの純愛が成立する時代に入ったアメリカでは、この映画にオスカーを与えざるを得ないのであろう。

1996年のアメリカ映画


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