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奥さんに先立たれた初老の男、ウォルター(リチャード・ジェンキンス)は人生への熱意を失って、惰性だけで生きていた。 本を書くためといって、コネティカットにある大学の授業も1コマしかもたない。 それでいながら論文も書かない。 授業に熱心なわけではない。 仕事をしている振りをしているだけ、抜け殻のような毎日だった。
共同執筆者の女性が産休に入ったので、セミナーに出席してレポートをして欲しい、と大学から要請がある。 しぶしぶ引き受けて、昔住んでいたニューヨークのアパートへとむかう。 すると、空き家のはずのそこには、男女のカップルが住んでいた。 男性はシリア人のタレク(ハーズ・スレイマン)、女子はセネガル人のゼイナブ(ダナイ・グリラ)。 2人は知り合いから、このアパートを斡旋されたとか。 善意の不法占拠者である。 事情を知ったウォルターは、なぜか彼(女)らに興味を感じ、一緒に住んでも良いという。 そして、タレクの演じるドラム=ジャンベにとりつかれ、みずからジャンベを叩くようになる。 彼はピアノに挑戦し続けてきたが、ことごとく挫折していた。 しかし、ジャンベには惹かれるものがあった。 そんなあるとき、タレクはウォルターの目の前で、移民局の捜査員に捕まってしまう。 彼は不法滞在者だったのだ。 そして、恋人のゼイナブも、不法滞在者であることがわかってくる。 不法滞在が悪いのではない。 建国以来、移民を受け入れてきたアメリカの、外国人受け入れに問題がある。 9.11以降、アメリカは出入国を厳しく管理し始めた。 かつてなら問題ないケースも、国外退去にする。 もちろんグリーンカードの審査は、すこぶる厳しくなった。 タレクもちょっとした手違いで、警告書を破棄してしまったので、国外退去になってしまった。 移民はアメリカを活性化してくれる。 アメリカの活力の源は、海外から新しい血を受け入れてきたからだ。 ウォルターのように初老になっても、つねに海外から新人類が参入してくる。 それが初老のアメリカを再活性化する。 アメリカはつねに海外に開かれた自由の国だった。 それが9.11があったとはいえ、閉鎖的になってしまった。 「グラン トリノ」では、インドシナ半島の中央に住むモン人たちが、アメリカへ移住してくる話だった。 しかも、移民は必ずしも、いい話だけではない。 否定的な面も多い。 そうはいっても、移民を受け入れなくなれば、アメリカの活力は維持できない。 この映画は、もう一つのアメリカの問題を、そっと訴える。 けっしてスターではない。 おそらく主演料たるや、スターたちの何十分の1だろう。 そして、他の俳優たちときたら、全員が無名の俳優である。 いかにも新人のオーディションで募集した感じである。 こんな俳優陣でも、充分な秀作に仕上がっている。 今日的でしかも突き詰めた主題、よく練られた脚本、ただそれだけである。 何も爆破しないし、女性の裸もないし、濃厚なベッドシーンもない。 凝ったCGもない。 車は古いボルボのステーション ワゴン。 舞台になる一軒のアパートを借りただけ。 一体どこにお金がかかったかと言うほどの、きわめつきのローコスト映画である。 フレームだってとびきり優れてはいない。 映画技術的に優れたものがあるわけではない。 しかし、星を献上せねばならないのだ。 ふつうに考えれば、不法滞在者のほうが悪であろう。 彼(女)らは何もしなくても犯罪者である。 にもかかわらず、この映画は犯罪者側に立って、しずかにアメリカの建国精神を再考するように訴える。 すでにできあがった法が、正義ではない。 建国精神こそアメリカ人の正義であり、思考の原点にすべきものだ。 この映画は、そう訴える。 2人はすでに伴侶を失っているから、2人が結ばれても不思議ではない。 そうすれば、モーナはアメリカの市民権が取れるし、タレクを呼び寄せることも簡単になる。 しかし、映画は2人を結びつけはしない。 移民は個人の問題ではない。 アメリカ建国の精神の問題であり、制度の問題なのだ。 地下鉄のホームで、ウォルターの叩くジャンベの音が、怒りの響きをもって鳴り響いていく。 怒りのジャンベで、この映画は終わる。 えん曲なブッシュ批判の映画だろうし、アメリカの良心が撮らせた映画だろう。 単館上映で始まったらしいが、口コミで全米にひろまり、全国公開になった。 そして、アカデミー賞で主演男優賞候補になった。 アメリカは公平な国だと思う。 「The Visitor」という原題には、この映画の主題がすべて込められている。 なぜ、こんな邦題にしたのだろうか。 2007年アメリカ映画 |
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