タクミシネマ     レスラー

 レスラー    ダーレン・アロノフスキー監督

 主演のミッキー・ロークは、実生活でも転落して奈落を見た。
その彼が、落ち目のプロレスラーを演じている。
かつては人気を誇ったランディ(ミッキー・ローク)も、年には勝てない。
ドサ廻りでは食えずに、スーパーマーケットでアルバイトをしながら、辛うじてリング生活を続ける。
ドサ廻りのプロレスの楽屋の雰囲気が、いかにもの感じでとても良い。

IMDBから

 彼はトレーラーハウスに住んでいる。
トレーラーハウスの住人といえば、もう最低の生活である。
しかも、その家賃すら滞ってしまい、管理人に鍵をかけられて、締め出しを食う始末。
ステロイドを使ってきたせいでか、心臓発作をおこして入院する。
医者からドクターストップがかかる。

 この映画は、ほとんどランディの一人芝居のようなものだ。
かつての栄光と、年いっての零落、娘との不仲、心を寄せていたストリッパー(マリサ・トメイ)との交友。
じつにしんみりと来るシーンが続く。
しかも、科白は少なく、画面でおっており、説得力がある。
科白ではなく、画面でおうのが映画だと思うのだけれど、これがなかなか少ないのだ。
おもわずジーンと来る。


 プロレスは興行である。
プロレス仲間とのあいだで、悪役は悪役を、スターはスターを、決められた約束事にしたがって、役割を美しく演じる。
花形プロレスラーだった頃、全米を転戦して歩いたのだろう。
脚光を浴びて、恐いモノなしだったに違いない。
家庭も顧みず、子供もほったらかし。
プロレスがすべてだった。

 興行とは堅気の世界とは違う。
芸人たちが特有の掟に従って生きるように、肉体勝負のプロレスも、興行の掟に従っている。
リングから下りたら、一直線に家庭にかえって、マイホームパパを演じたりはしない。
飲む打つ買うが、芸の肥やしといわれたように、プロレスラーは堅気とは違った価値観に生きている。

 堅気の世界は、平凡である。
しかし、手堅い。
毎日職場に行けば、給料はもらえるし、病気になれば保険がきく。
そして、定年になれば年金も付く。
興行の世界は違う。リングに上がらなければ、一銭にもならない。
怪我をしても保証はない。
もちろん定年もない。

 ランディがサイン会に行く。
そこには、リングで怪我をして障害をおった者や、車椅子になった者がいた。
彼等はかつてのビデオなどを売って、わずかなお金を稼いでいた。
そんな同僚を見て、彼は自分もいまが潮時だと、引退を決意する。
プロレス界から去る決意をした、彼のまわりには、もう誰もいない。

 馴染みのストリッパーであるパムに、寂しさを慰めてもらおうとする。
すると、娘(エバン・レイチェル・ウッド)と復縁せよと、忠告を受ける。
忠告にしたがって一度はうまくいきかける。
しかし、約束の時間を破ってしまい、決定的に決裂してしまう。
パムにすがろうとするが、パムは客としての線を越えようとしない。

 一度は引退を決意した彼だが、結局リングしか生きる場所はなかった。
その決意を知ったパムが、会場にやってきたときは、すでにランディの名前が呼び上げられていた。
ランディの身体を心配するパムをふりきって、彼は死を覚悟してリングに上がる。


 AV業界を描いた「ブギー ナイツ」を彷彿させる。
どこの世界も、興行界は同じなのだ。
試合前、試合後、プロレスラーたちは、仲間同士で讃え合う。
好きで入った世界とはいえ、堅気からは別世界なのだ。
それでいて堅気のファンに、お金をもらって生活している。
ランディの試合前のスピーチが泣かせる。

 かつて学生たちの人気だった「あしたのジョー」を思い出させるシーンである。
男がむちゃくちゃにやる時代は終わったのだろう。
おそらく今の興行界は、もっと身体にも注意しており、ステロイドの使用も禁止されているだろう。
また、メイジャー・リーグほどではないにしても、年金制度も整備されているに違いない。

 肉体をさらして、がむしゃらにやる時代は終わった。
オリンピックにしても、トレーナーをつけて、科学的なトレーニングをするのだ。
何でもスマートになっていく。
根性だって、男気だって、そんなものは役に立たないのだ。
時代はクールなのだ。
不器用な男は、ただ退場するだけ。
そんな時代なのだ。

 ビリーズ・ブートキャンプを見よ。
いまのマッチョはスマートだもの。
一時、リサ・ライアンなどが流行ったが、あれが最後だったのかも知れない。
熱い肉体の時代はおわり、クールな時代なのだ。
ストリッパーであるパムは、クールに職業をこなして、子育てに励んでいる。

 時代の悲哀を、シーン一杯に漂わせて、ミッキー・ロークが渋く演じていた。
すでに年齢のいったマリサ・トメイは、顔の肌は年齢を隠しきれないが、きれいな身体を維持している。
豊かな胸と、スレンダーな身体を維持するのは、さぞかし大変だろう。
ブルース・スプリングスティーンの音楽も、レトロぽくて良かった。

 映画のなかでもいっていたように、熱い時代は1980年代までだったのかも知れない。
それ以降は、脱工業化社会へとすすみ、情報社会へと入っているのだろう。
だから、何事も脱性的でクールなのだ。
星を献上する。
原題は「The Wrestler」
2008年アメリカ・フランス映画

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