タクミシネマ              ブギーナイツ

ブギー ナイツ  
 ポール・トーマス・アンダーソン監督

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ブギーナイツ [DVD]
 1970年代、ポルノ映画の制作者たちが、新規なポルノ映画製作に日々研鑽している。
主人公のエディ=芸名ダーク・ディグラー(マーク・ウォールバーグ)は、ジャック(バート・レイノルズ)というポルノ映画の監督に拾われて、17歳でスクリーン・デビューする。
巨根の持ち主である彼には、ポルノ・スターの才能があり、主役を演じ続ける。
しかし、慢心や他の新人の登場があり、彼はジャックと衝突。
ジャックからクビを宣告されてしまう。
 

 ポルノ業界を離れたエディは、様々なことに手を出すが失敗ばかり。
無一文になり、とうとうジャックに詫びを入れ、この業界に戻って映画は終わる。
これだけでは何のことか判らないだろうが、この映画の主題はなかなかに考えてある。
まず、エディの日の出の時が描かれ、彼は偉大なポルノ・スターであることが強調される。
しかし、若くして良い思いをした人間にありがちなことに、慢心が慢心を生む。
しかも肝心の男性自身が勃起しなくなり、ポルノ・スターの生命が怪しくなる。
そこで監督と衝突し、失業者である。

 失業したエディーは、多くの失敗の後でジャックに泣きつくが、ジャックは優しくエディを受け入れてくれる。
主流を外れたつまり差別されている人間が、被差別集団にはいることによって、やっと心の拠り所を保ち、安らかに生活できている。
この構造が実に良く判る。
しかも、差別されている人間は、差別されていることを骨の芯まで知っているから、彼等のプライドを傷つけたときの反応は凄まじい。
いつもは平静心を失わないジャックも、彼のプライドを傷つけられたときの反応は過剰防衛となるほどである。

 エディやジャックなど少数の例外を除いて、この業界にいる人間は、いつか堅気の世界でやっていきたいと考えている。
エディと一緒に仕事をしていた何人かが、エディと同じ時期に業界を離れる。
そのうちの一人が、店を開こうと銀行に融資を交渉するが、ポルノ業界の人間だと言う前歴だけで拒否される。
また、ポルノのヒロインを演じているアンバー(ジュリアン・ムーア)は、離婚した夫から子供を取り返そうとするが、ポルノ業界の人間だという理由で、裁判に負けてしまう。
被差別者集団に属する人間は色眼鏡で見られ、そこを抜け出そうとしても、なかなか社会は認めてくれない。

 現実の社会は、すでに家父長制は崩壊し、個人主義的になっている。
しかし、被差別集団はきわめて家父長的で、どこかしら社会から弾き出されてしまった弱者たちを、ジャックが半ば強権的に、半ば博愛的にまとめている。
こうした構造はヤクザの世界も同じである。
主流から弾き出された人間は、弱者であるがゆえに主流を生きることはできない。
カリスマ性のある人間が集団を統率することによって、閉ざされた共同体が持ちこたえられる。

 エディが他から排除され、とうとう行く所がなくなったときに、頼れるのはジャックだけである。
ジャックに許されたエディは、今度はジャックのためなら何でも言うことを聞く人間になる。
まったくヤクザの心的構造である。
通常の映画の世界ではなく、ポルノという特殊な世界に生きる人間を、ポール・トーマス・アンダーソンと言う若い監督は、テクニックを使ったカメラワークで描いている。

 虚の世界や回想シーンをフェイントかけた画面で、現実のシーンをジャスピンのきっかりした画面で、と交互に入れ替えながら描く様は、伝えたい主張が良く伝わってくる。
しかし、こうした手法はやや小手先の技術に走った感じで、もう少し王道的な撮り方の方がいいと思う。
とりわけ26歳という若さの、この監督の今後を考えるときは、力で勝負の方が伸びるように思う。

 被差別者が被差別の集団へと、自ら入っていくアイロニーを主題としている。
主題としては面白い主題だとは思うが、今後の映画作りの上では、主題に頼りすぎているところがやや心配ではある。
凝った画面づくりなど、この監督は映画が好きで、映画作りに情熱を持っていることは判るが、次の映画はどんな主題にするのだろうか。
余計な心配だが、気になるところである。

 前半はエディーが出世していく話だが、それは状況説明だから、もっと簡単に切り上げた方がいい。
上映時間が2時間半を越えており、主題は面白いのだから30分程度切りつめたら、ずっと良い映画になったと思う。
それと、主人公を演じたマーク・ウォールバーグの演技が一本調子で、ミス・キャストだったと思う。
出世していく前半部にはもっと華が欲しいし、落ちぶれていく後半は荒んでいく様子を、雰囲気として体全体から漂わせて欲しかった。
こうした変容する演技は、ディカップリオが上手い。
廻りを固める脇役たちの演技は上手く、微妙な表情がとても自然に演じられていた。

 コステューム・デザインや舞台設定、1970年代の時代考証が優れている。
登場人物たちの仕草、服装、クルマ、ドラッグ、セックスなど頷くことばかりである。
フレーヤーのズボンなど、今から見ると照れくさくなるほどの野暮ったさであるが、当時はあれが格好良かったのである。
1997年アメリカ映画。


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