タクミシネマ    ベンジャミン・バトン−数奇な人生

 ベンジャミン・バトン 数奇な人生
デヴッド・フィンチャー監督

 2時間45分と長い映画だが、ダレた感じはない。
グイグイというほどではないが、物語が上手くできているせいだろうか、画面を注視させ続ける。
古い街を再現して、その精巧さと規模に驚かされる。
また、年齢を化けるメイキャップがすごい。

IMDBから

 死の床にいるデイジーと、その娘キャロライン(ジュリア・オーモンド)が、デイジーの日記を読み始めるところから映画が始まる。
デイジーの人生が、徐々に明らかになっていく。
デイジーとその恋人ベンジャミンのなれそめを、映画はゆっくりと描いていく。

 1918年、バトン家に赤ちゃんが生まれた。
しかし、赤ちゃんはしわくちゃで、まるで老人のようだった。
妻が産褥で死んだことも手伝って、父親のトーマス・バトン(ジェイソン・フレミング)は、18ドルの紙幣とともに赤ちゃんを捨ててしまう。


 老人ホームの管理人クイニー(タラジ・P・ヘンソン)が、赤ちゃんを拾って育てる。
子供時代、ベンジャミン(ブラッド・ピット)は自分が他人と違うことを知る。
誰もが奇異の目でみるなか、デイジー(ケイト・ブランシェット)だけが、同じ子供として同じ目線で付き合ってくれた。

 彼は成人すると船乗りになる。
世界各地をまわって、帰郷すると父親らしき人物が近づいてくる。
デイジーはニューヨークでバレリーナになっており、彼女とは少し距離ができた。
父親の死によって、大きな遺産を手にした彼は、デイジーが怪我したことからヨリがもどり、幸福な同棲生活を送る。
やがて妊娠し、キャロラインが生まれる。

 終わり近くになって、主題が明かされる。
老人に向かうデイジーには、赤ん坊に向かうベンジャミンと、キャロラインの面倒を見ることはできない。
そう考えたベンジャミンは、自らデイジーのもとから離れていく。
老人の身体を持った子供と、子供の身体を持った老人という、形式と内実の相克が主題である。

 1996年に「ジャック」という映画が、他の子供たちより、4倍も早く成長する子供を描いていた。
「ジャック」も内容と形式の矛盾を問う映画だったが、この映画はもっと徹底している。
そして、時代が下ったぶんだけ、よく消化されている。

 「ジャック」が形式よりも、内容が大切だといったのに対して、それはそうだが、普通の人には内容だけ見ろというのは酷だ。
この映画では、自分の子供を捨てた父親も救っているし、形式で判断しがちであることを責めてはない。
しかし、もちろん内実のほうが重要ではある。

  荒くれ船長のマイク(ジャレッド・ハリス)は、奇妙な外見の男のベンジャミンに、清々しい親近感を示す。
売春婦に近づくことが許されていた時代、老人の冥土のみやげとばかりに、2人で女性を買いに行く。
いまでは許されない行為だが、これは、この時代の男たちの友情の確認だった。

 外見は老人で中身は子供と、外見は子供で中身は老人の、どちらが社会的な抵抗にであうだろうか。
どちらも困難なことが多発するだろうが、日々見なれている人には、前者は自然のうちに受けいるだろう。
しかし、後者を受け入れるのは、頭の切り替え操作が必要だ。

 身体が老人の時代には、いくら活発に動こうとしても、老体には不可能である。
だから、誰でも納得せざるを得ない。
しかし、身体が若者になっていけば、中身は老人なのだと、頭で理解しなければつきあえない。
子供の身体を持った老人は、不気味な存在だろう。

 誕生直後は想像しやすいが、赤ん坊のかたちになって、老衰で死亡していくのは、なかなか想像できない。
この映画でも、前半は丁寧に描いていたが、若者の身体になった晩年は、かんたんにすませていた。
形式である肉体の衰えを表現するのは簡単だが、内容である精神の老化を表現するのは、至難の技である。

 肉体の衰えは許容されるし、描くことができる。
しかし、肉体の老化と切りはなされた精神の老化を、われわれは表現できない。
精神だけを描くことが、映画はまだできない。
だから、この映画も晩年は、かんたんに通り過ぎていたのだ。
情報社会の映画として、精神活動が重要になったことを、この映画はよく認識している。

 死の床にあるデイジーとキャロラインが、狂言回しとして何度も登場するが、それは少しも気にならない。
南部なまりの英語が、ちょっと聞きづらい。
字幕の翻訳者が、アンゼ・たかしとクレジットされていたが、ちょっと意訳に過ぎるのではないだろうか。

原題は「The Curious Case of Benjamin Button 」
2008年アメリカ映画 

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