タクミシネマ        ザ・マジック・アワー

ザ・マジック・アワー    三谷幸喜監督

 この監督はよく勉強しているし、映画もたくさん見ているのが判る。
そして、この映画を丁寧に作っている。
冒頭での主人公の扱いなど、無理な話への導入として、苦心した跡がよく判る。
セットも丁寧に作られている。
おそらく日本映画の現在は、これが限界なのであろう。


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ザ・マジックアワー
公式サイトから
 港町のチンピラ備後(妻夫木聡)は、親分(西田敏行)の女(深津絵里)に手を出したが、たちまち捕まってしまう。
親分を狙った殺し屋、デラ富樫を連れてくれば、許してやるといわれる。
喜んだのもつかの間、デラ富樫とは誰でどこにいるかも判らない。
苦しまぎれに、売れない俳優の村田(佐藤浩市)を、デラ富樫にでっち上げる。

 村田はあくまで映画だと思って、目いっぱい見得を切った臭い演技をする。
それがはまって、トントン拍子に進んでいくかに見えた。
映画ということで引き受けた村田だが、本物のヤクザとの抗争だった。
村田は映画だと思っているが、村田の正体がバレルのは、時間の問題。
勘違いと、ドタバタのうちに映画は、進んでいく。


 映画の素人に、監督がつとまるか。
カメラも脚本もなく、何もないところで、売れない俳優が映画だと信じるか。
監督も、この無理は知っている。
村田の動機づけのために、役を干されるシーンや、彼の好きな映画のシーンなどを、組み込んでいく。
だから、ここは問わないことにしよう。

 マネージャーの長谷川(小日向文世)が反対するのを、主演を演じたい村田が話に乗る。
2人の対立も、観客に無理を承諾させるため仕掛けだろう。
この監督は、一生懸命に脚本を書いている。
細かく配慮して、無理な話を何とか納得できるように、丁寧に書き込んでいる。

 きっちりとした脚本がないのを、「北野武流ね」などといって、自分は正統派であることをチラッと見せたりもする。
この脚本は、練りに練った脚本だろう。
古い映画には雨を降らせてもいる。
ディテールに凝って、構想も練ったことだろう。
しかし、技術をたくさん身につけたこの監督は、基本的なところで勘違いをしているようだ。

 何を訴えるか、それがあって表現は始まるのだ。
主題が鮮明でないと、いくら技術を積み上げても、おもしろい映画はできない。
彼の引き出しの中から、さまざまなテクニックを引きだしてみせるが、主題がないというか、無理筋の話である。
コミックだから主題がなくて良いということはない。
むしろ笑いこそ難しいのだ。

 時間の短い演芸は、一発芸でもちもする。
テレビのタレントが良い例だ。
しかし、2時間を見せる映画では、何について展開するのか、それがまず問われる。
それをコミック仕立てにするか、シリアスなものにするかは、次の話である。
もちろんコミック映画を撮る、という前提があってもいいが、それでも主題を欠かすことはできない。


 村田の勘違いと、殺し屋映画と現実のヤクザのちぐはぐさを、丁寧に描くことが主題だったのだろうか。
勘違いのおかしさは、もちろんあるだろう。
しかし、勘違いのちぐはぐさは、それだけでは映画の主題になり得ない。
勘違いのおかしさは、主題を支える味付けにしかならない。

 部分的にはおかしいところもあったし、観客席からも笑いがちらほらあった。
しかし、コミック映画というには、笑いがなかったといっても良いだろう。
その理由は、話自体の成立が無理だからである。
見ていて、いくら売れない役者の村田でも、状況が読めない筈はないと思ってしまうのだ。

 最後に村田がピストルを使わずに、相手を撃ち殺すシーンを見せる。
血が派手に飛び散り、撃たれて倒れていく。
それはもちろん映画の仕掛けなのだが、それを見たヤクザの子分黒川(寺島進)は、感きわまって弟子にしてくれという。
そこまでは面白いが、その直後に撃たれた人間が、にっこり笑って立ち上がるのだ。
すると、黒川の演技は何だったの? となってしまう。

 寺島進は、ヤクザの子分である黒川を上手く演じている。
しかし、何となく嘘っぽいと感じているのだろう。
それが顔に出てしまっている。
嘘っぽさを感じていると感じさせたのは、伊吹吾郎や香川照之からもにじみ出ていた。
みな上手い役者だが、ノッテいなかった。

 「ラジオの時間」は内輪ものだったので、上手くいった。
しかし、「みんなのいえ」では、ストーリーが作れなかった。
「ザ・有頂天ホテル」は見損なったが、この監督は物語が作れないのではないだろうか。
最後は、何度も終わるシーンがありながら、なかなか終われなかったのも、考えものである。

 この映画だって、お金がかかっている。
優れた技術を持ちながら、面白い映画を作れない。
韓国映画が時代をみつめ、先鋭的な主題と格闘している。
我が国の映画は、技術はありながら、主題がもてない。
良くも悪くも、今の日本映画の到達点だろう。
 2008年日本映画   (2008.07.15)

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