タクミシネマ         アメリカン・ギャングスター

 アメリカン・ギャングスター
リドリー・スコット監督

 1960年代から1970年代にかけて、アメリカでは公民権運動がさかんになった。
黒人や女性の解放など、マイノリティが一斉に異議申し立てをした。
その結果、いまでは黒人と女性が、民主党の大統領候補をあらそっている。
差別はゆっくりと解消に向かいつつある。

アメリカン・ギャングスター [DVD]
IMDBから

 一つの出来事は、かならず功罪の両面をもっている。
良い方だけ、悪いほうだけをみたがるが、良いだけとか悪いだけということはない。
黒人解放もそうだった。
ニューヨークの暗黒街は、イタリア人が仕切っていたが、公民権運動と平行して、黒人が台頭してきた。
そのボスであるフランク(デンゼル・ワシントン)の実人生を描いたものである。

  当時のニューヨーク警察は、汚職が蔓延し、麻薬の取締は抜け穴だらけだった。
警察が麻薬を押収しても、刑事が賄賂をとって、暴力団に密売していた。
そこへ正義派の刑事リッチー(ラッセル・クロウ)を長とする麻薬取締局が設立される。
彼等は賄賂をとらずに、徹底的に取締はじめた。

 フランクはベトナムからの麻薬ルートを開拓し、旧来のギャング団をとおさない。
そのため、ボロ儲けができた。
しかし、ニューヨーク警察は、旧来のギャングの味方だし、新興勢力の台頭は、当然に新たな抗争を生む。
やがてリッチーもフランクに目をつける。

 この映画の優れている点は、時代の裏面を見据えたことだ。
たんに新興暴力団の台頭とは見ずに、公民権運動に絡ませ、旧来の秩序に安住していた社会の崩壊ととらえている。
当時、アメリカでは大規模小売店が台頭し、街の小さな商人は失業に追いやられていた。

 情報社会化の入り口に立ち、流通業界にもコンピューターが普及し、問屋を通さない商売が広がり始めていた。
家電量販店が、小売店を駆逐したのと同じ現象である。
物の値段がさがって、消費者は大歓迎だったが、それまでの小売業者や問屋には大打撃だった。

 この映画では、それを「進歩・改革」といって、誰もが進歩や改革を好むわけではないという。
成功して敵を作るか、失敗して友を作るか、という。
今の我が国でも、利権にしがみついて、進歩や改革に反対する者はたくさんいる。
いかにも老イギリス人らしく、なかなかにシャープで皮肉な時代認識である。


 社会の進歩と、黒人の台頭を重ねあわせ、進歩の代表としてフランクを描いている。
差別は保護の別名でもあるので、おそらくこれは事実だろう。
女性の解放が、女性の犯罪をふやすように、黒人の解放は、黒人のギャングを生むのは不可避である。

 被差別者は裏の世界でもマイノリティであり、ヤクザや暴力団の頭目は、表の社会と同質の人間でしかない。
我が国のように、人種が似ている社会では裏表が目立たない。
しかし、有色人種とか性別が違うといった、明示的な原因による差別は、裏社会でも黒人を最初から拒否するので、黒人は頭に立てない。

 それにたいして、リッチー刑事のほうは、偶然におうところが大きい。
個人的な正義感だけで、100万ドルの現金を横領しなかった、というのは無理だ。
警官の給料は安かったはずだし、ほとんどの警官が汚職していたとすれば、彼が押収した現金を警察にもっていった理由がわからない。

 フランクを逮捕したリッチーは、ニューヨーク警察の汚職を撲滅するために、司法取引をする。
フランクは命の保証とひきかえに、警官たちを逮捕する証拠を差しだす。
フランクの協力によって、ニューヨーク警察の麻薬係りの3分の2が逮捕された。

 この映画の展開は、特別に優れているわけではない。
2人の主人公は良いとしても、脇役たちの設定や演技には、見劣りするものがある。
また、無駄と思えるシーンが多いし、ライティング不足が目立つ。
とりわけ暗いシーンでは黒人の顔がつぶれている。
いくら手持ちのカメラとはいえ、メジャーの映画としてはお粗末である。

 70歳に近い監督だから、新しいものを求めるのは無理だろう。
しかし、時代を立体的に見るという視点には、きわめて優れた製作態度を感じる。
やはり60〜70年というのは、時代の転換点だったのだ。
時代への懐の深い視線に星を献上する。

 ところで、字幕が流れ終わった後の、ワンカットは何を意味したのだろうか。
(2008.02.12)

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「映画の部屋」に戻る