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人間社会を荒野との関係で考えた映画で、なかなか含蓄にとんでいる。 あまりお金もかかっていないが、真摯に人間社会を見つめなおし、自然を賛美しながら自然を恐れ、人間への愛おしみを描いている。 ノンフィクション「荒野へ」の映画化だという。 クリス(エミール・ハーシュ)は、父親(ウィリアム・ハート)と母親(マーシャ・ゲイ・ハーディン)が、いがみあうのを見てそだった。 しかも、父親は他に正妻がいるということを知るに及び、核家族の欺瞞性に耐えられなくなった。 1990年、大学を卒業したクリスは、待ちかねたように全米放浪の旅にでる。
アトランタを出発した彼は、約2年にわたり、サウス・ダコタからメキシコ、カルフォルニアと旅する。 壊れた車を捨て、ヒッチハイクで歩く。 途中で、農場主であるウェイン(ビンス・ボーン)のもとで働く。 そして、ヒッピー崩れのジャン(キャサリン・キーナー)に会って、スラブ・シティを教えてもらう。 ジャンとの再会や、老人ロン(ハル・ホルブルック)との出会いをへて、最終目的地であるアラスカへと向かう。 1992年5月、まだ雪の残るアラスカの大地に、わずかな食料と1丁のライフルを手に、1人でキャンプ生活を始める。 大自然の中で、彼は1人の生活を楽しみ、様々な思考を巡らす。 映画は、アラスカでの生活と、旅の日々を前後させながら進んでいく。 厳しい冬も過ぎ、そろそろ人間世界に戻ろうと、キャンプを畳んで帰路に就く。 ゴウゴウと流れる濁流は、とても渡渉できたものでなかった。 仕方なしにキャンプ地へと戻るが、人間社会への帰還を決めていた彼には、すべて食べ尽くして食料がなかった。 飢餓におそわれた彼は、野生芋の根を食べてしまう。 野生芋の根には、食後放置すると死に至る毒がある。 彼は飢餓と毒に苦しみながら、やせ細って死んでいく。 自然にあこがれ、そのなかで1人で生きようとしたが、厳しく気まぐれな自然は、彼の存在を抹殺した。 しかし、彼は短い人生を振り返りながら、アラスカのでの死を決して後悔しないし、幸福な人生だったと残して死んでいく。 この映画は、妹のカリーン(ジョナ・マローン)の回想のような形をとっている。 居場所のない家庭で育ったカリーンは、兄のクリスが家出同然で旅にでた理由も理解できたし、連絡してこないのもわかった気がした。 クリスの死後2週間たって、猟師によって遺体が発見され、カリーンが遺骨を持ってかえる。 優秀な父親は、NASAを辞めて起業する。裕福な生活を営む両親ではあるが、家庭内暴力と世間体に生きる両親でもある。 ソローの「森の生活」ではないが、1960年代は、社会への反抗がヒッピーを生んだ。 それに加えて、いまや核家族という家族制度への反抗である。 超平等化がすすみ、この映画でも老人ロンが、クリスと横並びの関係をつくる。 しかし、核家族の親たちは子供を下に見ている。 裸の人間の尊厳が尊ばれているというのに、親たちは手垢の付いた核家族を守ろうとしている。 主人公を死なせる映画は、観客を説得するのがきわめて難しい。 クリスが何もなくアラスカの荒野から戻ったら、映画にならないかも知れないが、主人公を死なせるのは、彼に感情移入してきた観客には辛いことだ。 映画製作者には、人間社会への怒りもあり、自然への崇拝もありながら、自然の厳しさもしっかりと認識されている。 だから、甘チョロいクリスの冒険を、死へと結びつけたのだろう。 しかし、彼の精神性を理解するがゆえに、彼の死を蔑視していないし、短いが意味のある人生だったと描いた。 「幸せの1ページ」がITオタクのパラダイスを描いたとすれば、この映画は真面目ではあるが、過去への回帰を目指した若者の精神を描いたのだろう。 核家族を標準とする工業社会から、次の社会の価値をさがす動きが、必死の模索を続けている。 2007年のアメリカ映画 |
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