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「ボーイズ ドント クライ」という性同一障害者の映画があったが、この映画も性転換者の物語である。 ただの性転換者の話なら、本サイトはちょっと冷たいが、 この映画は女性になりたい自分と、子供に対しては父親でなければならない、という苦悩を描いて訴えるものがあった。
ロス・アンジェルスに住むブリー(フェリシティ・ハフマン)は、性転換手術の日を数日後にひかえて、心ウキウキだった。 しかし、彼には、かつて関係した女性とのあいだに、1人の男の子トビー(ケヴィン・ゼガーズ)がいた。 突然、トビーをめぐって、ニューヨークの警察から電話があった。 その電話は、身元引受人として、父親を捜しているという。 ブリーは自分が父親だとは名乗らなかったが、トビーを迎えにニューヨークにいくことにする。 保釈金は1ドル。 キリスト教の奉仕者だといって、トビーを引き受けてくる。 しかし、女装した彼は、自分が父親だとは言えない。 トビーもキリスト教に感謝しつつ、拘置所からでることを優先し、他のことは何も言わなかった。 出所はしたものの、彼にはいくところがない。 ケンタッキーの養親のところへ、送り届けるつもりだった。 しかし、とんでもない養親だった。 西海岸に行って、ポルノ映画の俳優になるというトビーの希望を聞いて、 ロス・アンジェルスに直帰するつもりだったブリーは、大陸横断しながら一緒に車で帰ることにした。 その途中で、徐々に正体を明かすつもりだったのだろうが、 彼の思わぬ方向へと発展していく。 女性への性転換が、ブリーの長年の夢だった。 いまは女性として生きているが、身体は男性そのもので、自分にはなじめない。 男性器をちょん切るのが、待ち遠しかったが、 トビーは受け入れてくれるだろうか。 しかし、自分がトビーの父親であることは間違いないのだ。 子供は可愛いし、父親としての責任も果たしたい。 「ボーイズ ドント クライ」は、トランス・ジェンダー自身の恋物語だったから、 勝手にしてくれということもできた。 他人の恋など、誰の恋でも感心がない、と言えばそれまでだ。 しかし、この映画は、つくってしまった子供への、父親としての愛情表現と、 女性になりたい自分の心理のあいだで、揺れうごく切なくもあり、哀しくもあり、嬉しくもある心理が主題なのだ。 これも父親としては、やるせない話だ。 ブリーの生家に立ち寄れば、自分の孫と知った父親と母親が、トビーを驚喜して歓迎する。 両親はお金持ちだが、きわめて常識人である。 女性になろうとしている放蕩息子を、許しているわけではない。 車ごと全財産を盗まれたブリーは、恥辱にたえて両親から千ドル借りて、ロス・アンジェルスへ帰る。 そして、無事に手術を受け、男性から女性へと、変身が完了する。 トビーは望みとおり、ゲイ相手のポルノ男優になり、スクリーン・デビューをはたした。 この親子は、ほろにがい出会いだったが、なんとか関係が維持できるようになった。 トビーは女装して現れた父親が、その場で父親だと名乗れば、受け入れやすかったのかも知れない。 キリスト教の奉仕者で、父親とは名乗らなかったことを、 騙したと受け取ったようだ。 男娼をやっているくらいだから、そのまま正直にいっても、大丈夫だったかも知れない。 しかし、それにはブリーの用意ができていなかった。 肉体的な不適合は、落ち着きがなく自分を襲って、性転換を決意させた。 しかし、彼自身のなかに、社会の常識が内面化されていた。 それが子供にたいして、正直になれなかった理由だろう。 それでも何とか女性になった父親と、子供の関係はギクシャクしながらも、滑り出した。 田舎に住む両親の常識人ぶりと、その両親と一緒に住む妹シドニー(キャリー・プレストン)の逸脱ぶりも面白い。 シドニーはアル中で、一銭ももたせてもらえないらしいが、ブリーよりはるかに男っぽい。 シドニーの肉体は、ブリーより女っぽいが、言葉使いはぞんざいだ。 どんな性転換者も、自分の肉体的性別に、心理的な性的資質があわないという。 しかし、心理的な資質は社会がつくったものだ。 性的心理は社会的に獲得されるのだから、生まれながらに異性の心理をもっている者などありえない。 そのため、性転換者は120パーセントの、異性性を演じることになる。 この映画でも、ブリーは女性以上に女性らしくふるまう。 それにたいして、女性を地でやっているシドニーは、むしろ女性的な振るまいが男性的にみえる。 何という皮肉だろうか。 父親としての子供への愛情表現と、女性になりたい自分の心理というが、これはそもそも破綻しているのではないだろうか。 この映画は、ブリーの立場や希望を、一貫して肯定し、 また、息子であるトビーの気持ちも、肯定し続けている。 それぞれの希望を、全部的に肯定する姿勢が、いまのアメリカ映画の原則だろう。 ほとんどお金がかかっていない映画だが、 主人公を演じたフェリシティ・ハフマンがうまく、見応えがあった。 2005年アメリカ映画 (2006.7.27) |
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