タクミシネマ       嫌われ松子の一生

嫌われ松子の一生   中島哲也監督

 こんな不幸な女性の一生を、なぜ映画化しようとしたのか、ちょっと理解に苦しむ。
見終わったあと、なんかスッキリしない。
映画の製作者たちが、力を入れて作っているのは、よくわかるのから困った感想である。

嫌われ松子の一生 [DVD]
公式サイトから

 この監督は、アメリカ映画をたくさん見て育ったに違いない。
ミュージカルからの引用だけではなく、冒頭のタイトルからして、古いアメリカ映画もどきである。
他にもアメリカ映画の写し、と思われるシーンがたくさんあり、それはそれなりに面白い。
刑務所での起床のシーンや、アイロン掛けのシーンは、まったくアメリカ映画の写しであろうが、格好良く絵になっている。

 主人公の松子(中谷美紀)は、川尻家の長女として産まれた。
下には、弟の紀夫(香川照之)と妹の久美(市川実日子)がいた。
父親(柄本明)は、身体の悪い妹ばかり可愛がって、松子には辛くあたることが多かった。
しかし、松子は何とか父親のご機嫌をとろうと、百面相をしたり、それはそれは健気な努力をした。


 父親に愛されなかったと感じた松子は、教師となって家出同然に家を出る。
父親との関係で培われた性格は、彼女の一生にわたってついて回る。
教師になって日の浅いある時、生徒が盗みをしたことへの対応を誤り、教師を辞めざるを得なくなる。
ここからが彼女の不幸の始まりだった。

 何人もの男を渡り歩く。
愛人を殺してしまって、刑務所にはいる。
出所しても、幸福はやってこなかった。
刑務所仲間の沢村(黒沢あすか)が、彼女への好意を持ち続けてくれるのだが、
彼女にはそれに答える気力がなかった。
結局、荒川の河川敷で、子供たちに殺されてしまう。
そのあと、甥の笙(瑛太)が、彼女のアパートを整理するが、それが殺しの謎解きになっている。

 前作の「下妻物語」が好評だったのだろう、この映画には相当な予算が組まれたようだ。
出演者も多いし、セットも凝っている。
チャーリーとチョコレート工場」のように実写の中に、アニメを組み込んだり、
キラキラ星をばらまいたりと、工夫を凝らしている。
また色彩の処理にも、様々な工夫がある。
こうした演出を否定するものではないが、正統派の演出とは言えないだろう。

 墜ちていくタイプの女性がいることは否定しない。
しかし、彼女には険を含んだ雰囲気がなく、健康そのものである。
困った感想の原因は、主人公を演じた中谷美紀が、それなりに美人であることだ。
彼女が作る百面相も、普通の顔との落差がおかしいはずなのだが、観客から笑い声が上がらないほど、おかしく感じさせない。

 哀しい話をおかしく撮るのは、それなりに高度な物語の展開だが、
それを目指しているのだろうか。
そうだとすると、決して成功しているとは言えないだろう。
この映画は何を目的にしていたのか、見終わって改めた考えさせてしまう。
笑って終わりの映画があっても良いが、それにしては何かつっかえるものがある。


 腑に落ちない理由は、おそらく松子がなぜ嫌われるのか、その説明ができていないからだろう。
父親との確執にしても、それだけで彼女の性格を説明できない。
売れない小説家に入れあげて殴られるのも、殴られる必然を感じないし、
愛人を殺す必然性も弱い。
たった一つ納得するのは、元教え子の龍洋一(伊勢谷友介)に入れあげる彼女の情熱だが、不思議なことに、これは嫌われることにならない。

 師弟間で愛情関係が生じることは、充分にあり得るから、この話は変ではない。
しかも、元教え子は盗みをして、彼女が尻ぬぐいに失敗し、教師を辞める原因になった生徒だった。
この生徒がヤクザになっており、彼は鉄火場的に生きており、
そうした彼の性格に共鳴するのは、理解可能な話である。
しかし、今回は嫌われないのだ。
彼女の死後まで、彼女を探すほど執着している。

 人が好かれるのを描くのは簡単である。
恋に落ちる2人など、ちょっと目の合うシーンを撮れば、観客はたちまち了解する。
しかし、嫌われるのを理解させるのは、非常に困難なのだ。
しかも、猟奇的な性格ではなく、彼女のように普通の性格では、嫌われる理由がない。
だから、龍洋一の執念は理解できても、嫌われた関係は理解しにくい。
ボタンの掛け違いから、転落していくのを描いたにしては、観客は掛け違いを納得できない。

 我が国の映画製作事情は、極端に悪い。
そのため、映像や役者での勝負は、難しいことが多い。
主題の推敲は、監督だけでできるのだから、いくらでも念を入れることができるはずである。
主題での勝負にかけて欲しい。
主題を練り込んで、完成度の高いものにすれば、観客はそうとうに妥協してくれる。
技術的なことをハリウッドをマネしてもダメだ。

 この映画は、弟からも縁切り宣言を受けなど、家族との関係を否定的に描いている。
だから、家族とりわけ父親に、スポイルされた女性を描いたのかと思った。
しかし、最後になって、彼女は死んだ妹に近づいていき、家族の再評価がされるのだ。
これではこの映画が何を訴えたかったのか、ますます判らなくなった。
   2006年日本映画     (2006.6.20)

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