タクミシネマ       不撓不屈

不撓不屈    森川時久監督

 映画というのは、何のために撮られるのだろうか。
芸術?教養?おそらく娯楽のためだろう。
本サイトは映画は娯楽として手軽で、しかも五感に訴える全身的な表現として、優れているものだと考えている。
だから映画は、まず娯楽のために撮られるべきだろう。

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公式サイトから:海なし県人が海岸で会う!

 娯楽以外の目的のために、映画が撮られることを否定はしないが、
商業劇場で公開する以上、娯楽であることを忘れてしまっては困る。
そう考えるとき、この映画は何のために撮られてのだろう、そう考えざるを得なかった。
前売り券を無料でもらったにもかかわらず、敢えて批判せざるを得ない。

 高度経済成長に入る少し前、宇都宮に飯塚(滝田栄)という税理士がいた。
ドイツ語の達者な彼はやり手で、東京にも事務所をかまえ、
総勢40人以上の所員を抱えて、600軒の顧客をもっていた。
その彼は、別段賞与という制度を考えだし、中小企業の節税に貢献していた。
しかし、国税局は別段賞与を脱税だと見なして、規制をかけてきた。


 1960年代は、いまだ封建制の遺風がつよく残り、役人が肩で風を切っていた。
役人が右と言っているものに反対するのは、現在でも困難だが、当時は非常に難しかった。
正悪ではない。
役人のメンツだけで、市井の人の意志を無視しようとした。
飯塚さんの事務所への弾圧が始まった。
まさに政策捜査であり、ライブドア事件などが射程に入っているのかと思ったが、それとはまったく関係がないようだ。

 この映画が描くのは、彼がいかにして、その弾圧と戦ったか、というものだ。
たしかに弾圧は凄まじく、顧客の切り崩しが税務署によってなされ、
事務所を兵糧責めにし始めた。
所員に逮捕者がでて、経済的に困窮を極めた。
そこで彼が苦悩したのはよく判る。
しかし、この映画は一体、何を言いたかったのだろうか。

 同じ原作者の「金融腐蝕列島:呪縛」という映画があった。
銀行の危機を主題にしたこの映画は、組織の論理のようなものを描いていたが、
「不撓不屈」は飯塚さんの伝記映画と言ったらいいのだろうか。
それにしては、描かれた時間が短すぎる。
おそらく彼のつくったTKCという組織の宣伝映画だったように思う。

 ふつう宣伝映画はCMと呼んで、無料で見せるものだ。
この映画は、共産党や創価学会などの動員映画をおもわせ、
こうした映画のつくりかたは歓迎すべきものではない。
正義を正義として描くのは、表現としては実に初歩的であり、観客はあまり賛同できないのだ。
この映画については、主題を云々する次元まで、到達していないように感じる。
そうはいっても、感心した部分はある。

 舞台となったのは遠い昔ではないが、すでに50年近くもたっている。
当時の時代風景も、すっかり散逸し消え失せてしまった。
すべてをセットで組むほどの予算はなかったようだ。
少ない予算のなかで、よくこれだけロケハンをしてきた。
当時の風景がしのばれるシーンが何度も登場した。


 最初のうち4つ目の角形セドリックが登場していたが、
時代が下るとなで肩のセドリックに変わっていたのも良いし、
やや古いボンネットバスも登場していた。
この時代には、すでに営業車が緑ナンバーになっていたのか。
事務所のセットにしても、気を使っていたことがわかる。
しかし、撮影には問題が多かった。
とりわけライティングには問題が多い。

 病院で飯塚夫妻が待つシーンがあったが、
2人がならんで座ってアップになると、黒い背広の下半分がつぶれてしまって、何も写っていなかった。
反対側からレフ板でちょっとおこしてやれば、シルエットがでるのだから、
黒をつぶしてはいけないだろう。
また、橋の上を歩くシーンでは、カメラが移動してくるにしたがって、
露出がアンダーになってしまい、発色が変わっていく。

 同じ場所では光の量は同じはずなのだから、
カメラの向きが変わっただけで、アンダーからオーバーに変わってしまうのはおかしい。
カメラの位置が変わると、露光が変わりはするが、
それを変えないようにするのが技術だろう。
なんだか技術の低下を見せつけられたようで、ちょっと暗澹たる感じだった。 

 飯塚が復員してくるシーンがあったが、彼が実に立派な体格なのだ。
また妻を演じる松坂慶子も、これまたふっくらとした見事な体格だった。
戦後の食糧難に、あんなぽっちゃりした人はいなかったはずで、
モノクロに紗をかけてはいたが、ちょっとおかしすぎる。
あのシーンは不可欠ではないのだから、語りで聞かせるだけで充分であり、画面で見せなくてもいい。

 演出上の問題では、2人を対面させて会話させるシーンが不自然である。
そば屋の娘と飯塚の会話のシーン、隠れたホテルでの飯塚と妻のシーン、内部通報者と飯塚との屋上でのシーンなどなど、いずれも立ち姿での会話が不自然である。
全身を撮しているせいもあって、間延びした嘘っぽいセリフが目立った。

 宇都宮のある栃木県は、たしか海なし県のはずだが、しばしば海岸のシーンが登場した。
海を見ることに思い入れを込めているのだろうが、
ああ海を見ているんだと言うだけで、心象風景の描写として何も伝えない。
薔薇を撮して心象風景とするのと同じで、監督たちの独りよがりだけだ。
もっとテンポ良く、きびきびとやって欲しい。
    2006年日本映画
 (2006.6.18)

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