タクミシネマ        クラッシュ

クラッシュ    ポール・ハギス監督

 群像劇といったらいいのだろうか。
大勢の登場人物が、それぞれの立場で登場し、一つの主題ではあるが、全員が絡んでいるわけではない。
群像劇の名手にロバート・アルトマンがいるが、彼とていつも成功しているわけではなく、群像劇は難しい。
この映画は、今年のアカデミー賞でグランプリを取っているが、どうみてもグランプリを取るほどの出来ではない。

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劇場パンフレットから

 冬のロス・アンジェルス。
刑事のグラハム(ドン・シードル)と、同僚で恋人のリア(ジェニファー・エスポジト)は、交通事故に遭遇する。
ここから話が始まるのだが、白人、黒人、ヒスパニック、中東系と、さまざまな人種を登場させる。
そして、中東系の人間の人種差別が取り上げられ、黒人と白人の間にももちろ差別がつきまとっている。

 登場する人たちが、いずれも何らかの差別や偏見に晒されている。
差別や偏見が前提になっているのは良いのだが、その差別や偏見が実に通俗的なのだ。
社会にはこんな差別があってといって、その差別があたりまえに物語に使われている。
差別を否定しているようでいて、差別自体にのって映画を撮っているように感じる。
舞台になっているロス・アンジェルスの感覚は、我が国では判らないのかも知れない。

 警官のライアン(マット・ディラン)が、黒人女性クリスティン(サンディ・ニュートン)を辱め、彼女から反感を買う。
ところが後日、彼女が交通事故で車内に閉じこめられ、ライアンが救出することになる。
ひとつの人間関係が他へと波及して、ほかの人間を翻弄していくのは判るとしても、これは偶然というには、ちょっと出来過ぎではないか。


 時代の様相を切り取ってみせると言うには、あまりにさりげなさ過ぎて、表現としての主張に欠ける。
結局、この映画は何を言いたかったのか、よく判らないままに終わっている。
また、マット・ディランやサンドラ・ブロックなど、かつて見た俳優たちが、虫干しのように大挙して出演しているのも、なんだか妙な感じがした。 

 群像劇のエンディングは、とても難しい。
一つの主題へと物語を収斂させるにも、登場人物が多いので、
人物たちがもつ空気がそれぞれに話を作ってしまい、なかなか主題を浮かび上がらせることができない。
この映画も、俳優たちがばらばらにいるという感じである。
この映画は、たしかに街の一断面ではあるだろうが、断面のままで終わっている。

 最近のアメリカ映画は、子供を除いて主題を喪失している。
それが何に起因するかは、おそらく情報社会化の普及によって、
浮遊する価値観がある程度共有されてしまったことがあるだろう。
そのため、一つの主題を先鋭的に描き出すことができなくなってしまった。
そうしたなかでは、この映画のように現状を清濁そのままに描く作品が、登場するのは自然なのかも知れない。

 我が国の映画観で見る限り、アメリカ映画は、1〜2年は遅れてしか見ることはできない。
しかも、我が国では公開されない映画もある。
そうした限界はありながら、2000年頃を境に、アメリカ映画は明らかに低迷期に入っている、とわかる。
その原因は、情報社会化だけではなく、多くの人が言うように9.11かも知れない。

 しかし9.11は、アメリカ人に大きな衝撃を与えたかも知れないが、
時代の価値観そのものが変質するほどのものではない。
異文明の台頭は、19世紀にはすでに黄化として認識されていたし、真珠湾はより一層破壊的だったはずである。
20世紀は工業の発展で、アメリカは最高の輝きを見せた。
情報社会化でも先頭を切った。
9.11くらいで、アメリカの優位性を見失うとは思えない。


 時代の進歩は、常に物質面が先行する。
精神面はその後を追うが、短兵急には精神は変わらない。
人間の意識は、偏見に充ち満ちている。
停滞期になると、集中する価値観を見いだせないので、偏見などがあからさまに露出してくる。
そう言った意味では、1995年から2000年頃にかけての映画黄金期にたいして、主題の拡散する時代がしばらく続くだろう。  
2005年アメリカ映画
 (2006.3.18)

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