タクミシネマ       アメリカ、家族のいる風景

アメリカ、家族のいる風景   ヴィム・ヴェンダース監督

 通常のハリウッド映画とは少し違う。独特の美意識に支えられた映画である。
おそらく撮影者の感覚が違うのだろう。
アメリカにこんな所があったのか、と思えるような町を舞台にしている。
著名な監督だが、少し歳をとったせいか、テンポが鈍い。
もっとも、このテンポは、「パリ・テキサス」でも同様だった気がするので、この監督の資質なのかも知れない。

アメリカ、家族のいる風景 [DVD]
劇場パンフレットから

 映画は馬に乗った男が、砂漠を走っているシーンから始まる。
映画の撮影現場から、ハワード(サム・シェパード)が逃げ出したのだ。
この逃亡には何の説明もないが、最後になって、彼の生きてきた道として説明されている。
映画は完成が義務付けられているので、出演者は撮影に拘束されている。
彼を連れ戻すべく、サター(ティム・ロス)が追いかけていく。

 逃げたハワードは、30年来寄りつかなかった母親(エヴァ・マリー・セイント)のところへ転がり込む。
すると、そこで自分に子供がいることを知らされる。
子供に興味を感じた彼は、その母親ドリーン(ジェシカ・ラング)を訪ねて、モンタナ州のビュートに向かう。
ビュートはまったく変わっておらず、
かつての食堂には、古い彼の映画ポスターがかかり、ドリーンがウェイトレスとして働いていた。

 後はドリーンとのお決まりの対面から、子供の登場、そして、その間のやりとり、と映画は進んでいく。
ドリーンの子供は1人だったが、実はもう1人彼の子供がいた。
ドリーンの子供アール(ガブリエル・マン)と、
自称ハワードの子供スカイ(サラ・ポーリー)と、
ハワードそれにドリーンが絡みながら、突如登場した父親をめぐって、各人各様の対応が描かれる。

 撮影現場を逃げ出したハワードが、なぜ子供に会いに行くかは、まったく説明されていない。
子供を訪ねることが、無条件に前提されている。
親のほうはそれでも良いだろうが、突如、父親に登場された子供のほうは大混乱である。
30年ぶりの母親訪問といい、突然の子供訪問といい、
この設定だけでも、歳いった男性の勝手な妄想だと分かる。
現実から逃避したい彼は、母親や子供、そして、かつての愛人に精神の餓えを癒してもらいたいのだ。

 ドリーンは、撮影で来たハワードのグルーピーで、たった一夜を共にしただけで妊娠してしまった。
しかし、彼はドリーンの妊娠さえ知らなかった。
30年前のアメリカでは中絶が難しかった。彼女は父なし子を生んだのだ。
その過程には、悲喜こもごもがあったはずだが、
映画はそれにはまったく触れていない。


 かつて若かったウェイトレスも、今ではチーフになって、店をまかされている。
今の彼女には充分な生活力がある。
現場から逃げ出したハワードより、ドリーンのほうがしっかりしている。
しかし、2人の出会いに、ドリーンは万感の思いである。
ドリーンを演じるジェシカ・ラングの演技が、とびきりに上手い。
長年たまった感情、憎からず思う気持ちと、今さら勝手なという気持ちが交錯する。

 彼女の複雑な心境が、細かい表情によって、たくみに演じられている。
最近みた映画のなかでは、白眉の演技である。
「郵便配達は2度ベルを鳴らす」等でも分かるように、
ジェシカ・ラングはもともと上手い役者だったが、年齢を重ねて演技力にますます磨きがかかったようだ。
自然な表情の中に、複雑な心の動きを表現して、
観客に飽きさせるところがない。
絶品だった。

 原作は、ドイツ人の監督とサム・シェパードの共作だという。
2人の男性たちは、すでに年老いているのか、血縁の家族への郷愁が強い。
だから、自分の子だというだけで、顔も知らぬ男に会いに行こうとする。
しかし、血縁の家族への収斂では、
もはやアメリカ市場では、映画として受け入れられないだろう。
それはマーケッティングによって、事前にわかっているので、エンディングは各自の生活に戻って終わる。

 2人の高齢者たちの、血縁の家族への郷愁を感じさせながら、かろうじて個人へと立ち戻っている。
それは、「Don't come knocking」という原題にも表れているが、
いくら郷愁を感じても、情報社会に入った今、もはや血縁の家族には戻れない。
ミリオンダラー ベイビィ」が描いていたように、
家族を支えるのは血縁ではなく純粋な愛情なのだ。

 子供は一対の男女が性交をしないと生まれない。
性交をした男女の片方を父と呼び、もう片方を母と呼ぶが、
生物学的な父母が、家族を構成するとは限らない。
愛情がありさえすれば、誰でも子供を育てることはできる。
しかし、いくら愛情があっても、愛情だけでは子供を誕生させることはできない。
生物学的な父母と、精神的な愛情とは、
どう繋がっていくのだろうかという疑問が、この映画を撮らせているのだろう。 
2005年アメリカ映画
 (2006.3.01)

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