タクミシネマ       ジャーヘッド

ジャーヘッド   サム・メンデス監督

 1991年の第1次イラク戦争を舞台に、
アメリカ海兵隊員スオフォード(ジェイク・ギレンホール)の心情をとおして、戦争と平和を考えた映画である。
売り出し中の若い俳優を使っており、出演料には大金は使っていないだろうが、
舞台設定には相当のお金が使われている。
軍隊物だと大量のエキストラが必要だから、エキストラだけでも大きな予算を喰ってしまうだろう。

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公式サイトから

 第1次イラク戦争の当時は、TWAが国際線に飛んでおり、海兵隊もTWAによって中近東に運ばれたらしい。
この映画は、今はなきTWAを何機も登場させている。
さすがにニューヨークのケネディ空港のターミナル5は使ってないが、
どこからこんな飛行機を探してきたのか、冒頭のシーンだけで驚いた。
戦争部分の詳細は分からないが、冒頭がこの凝り方だとすると、他の部分も相当に入念な考証がなされているのだろう。

 物語は1人の若者が、勇んで海兵隊に志願し、訓練を受けて狙撃兵になる。
そして、戦場へと派遣されるが、戦場は彼の想像とは違った。
ただ待つだけの日々。
最後に狙撃兵として、彼は任務を与えられるが、それを実行することもかなわず、終戦になってしまった。
半年待って、戦争は1週間で終わった。
一体、自分の戦争とは何だったのだろう、と彼は思案のまま帰国する。

 戦争とは、この映画が描くようなものだろう。
実弾が飛びかう戦場は、ほんの一瞬であり、ほとんどが訓練や待機の日々だろう。
しばしば実弾に身を晒すようでは、その戦争は負け戦に違いない。
にもかかわらず、戦いの志気を保たなければならない。
そして、人間がいる限り、戦場でも日々の生活がある。
本当は戦いより、戦場での日常生活が大変なのだろう。

 この映画は、第1次イラク戦争について、アメリカの正義を云々していない。
戦争それ自体に目がいっており、戦争の中にも日常があり、
引き金を引く指と鉛筆を持つ指は同じだと、冷静な論理を展開している。
戦争と平和については、すでに多くの思考があるが、簡単に結論が出るものではない。
この映画にも、結論を求めることはできない。
しかし、戦争反対をいうのではなく、戦争を真摯に考えている点では、好感が持ている。


 アメリカではすでに徴兵制は廃止されており、この戦争も志願兵によって戦われた。
徴兵制は近代の国民国家を背景として成立したもので、
国民国家が崩壊しつつある現在では、もはや徴兵制を復活させることは無理だろう。
そうした事情も、この映画から伝わってきて、情報社会化しているアメリカの視点はとても同時代的である。
この映画は、一種の極私的戦争論といったらいいだろうか。

 第1次イラク戦争では、確か女性兵士も出兵したはずだが、
当時の海兵隊には女性がいなかったのだろうか。
第2次イラク戦争では、女性兵士もたくさん出兵しており、
戦場という日常のなかでは、女性も兵士として暮らすので、それはまた別の問題を生じさせるだろう。
この映画のように、今までは男性が見た戦場が語られることが多かったが、
今後は女性が見た戦争も語られるに違いない。

 我が国の自衛隊は、サマワに駐屯しているだけだから、戦場といっても平時の生活があるだろう。
実際の行軍や戦場にたったとき、
女性たちは戦友の死に何を感じ、戦争をどう見るのだろうか。
西部戦線異常なし」が、戦争を描いて平和を訴えた秀作だと思うが、
ああした作品が女性の手によって書かれるのだろうか。
また、戦場における日常生活は、男女関係も複雑にすると思うが、どうなっていくのだろう。今後の女性たちの表現が待たれる。

 シャープな色彩感覚が特筆される。
中近東ではなく、メキシコでロケをしたらしいが、砂漠の色が何とも言えずに素晴らしい。
ねっとりした砂が、さらさらの砂が、ひび割れた砂が、
さまざまに趣を変えて画面に描き出される。
監督の色彩感覚か、撮影者のものか定かではないが、優れた美意識である。

 音楽もいいと思ったが、やや音楽が目立っていた。
映画音楽は、物語の裏方であり、あまり目立ってはいけないものかもしれない。
そうした意味では良い音楽というもの、ちょっと困りものである。
戦争それ自体を否定するのは簡単だが、それでは何も語ったことにならない。
生きる人間に肉薄してこそ、深い考察なのだ。
2005年アメリカ映画
 (2006.2.15)

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