タクミシネマ       大統領の理髪師

大統領の理髪師    イム・チャンサン監督

 貧乏な人間が権力者に近づくと、こんな目に遭うんだぞ、という教育映画であろうか。
映画の最初に、この映画はフィクションだと説明の文字が入るが、
相当程度に史実に近いらしい。

 韓国や我が国では、権力者は国民の選挙で選ばれながら、
権力者は決して庶民と同じ人種ではない。
貧乏人とは違う世界に住む人間という意識がある。
アジア的という古めかしい言葉を使えば、
権力者と庶民は、別の人種だというアジア的認識に基づいた映画といえるだろう。

大統領の理髪師 [DVD]
劇場パンフレットから

 近代を革命で実現した国では、今日の権力者は自分と同じ世界の人間だ、と考えているはずである。
主権在民だから、むしろ自分たちが権力者を動かしているかも知れない。
しかし、血縁の支配が長かったアジアでは、権力者は特別の人間だった。
そして、権力者に近づくと、何かとおこぼれに預かれた。
だから、多くの人たちが権力者に近づきたがった。

 権力者に取り入れば、様々に恩恵がある。
しかし、権力者も永遠ではない。
恩恵を受けた見返りがくる。
この映画は、権力者に対するアジア的な背景を、色濃くもって成立している。
権力と権力者の本質を、庶民にわかりやすく知らせるものだ。
民主主義の世の中では、選挙を通じて誰でも権力に近づける建前だが、
実は権力の本質はあまり代わっていないのかも知れない。


 1960年の4.19革命によって、韓国民は李承晩大統領を倒したが、
その後の朴大統領による1960〜70年代は、「圧政の時代」だった。
朴政権は、軍事独裁と急進的な改革によって支えられ、
朴大統領が中央情報部長の金に射殺されて終わった。
劇場パンフレットによれば、この映画は主要事件をありのままに捉えた、初めての韓国映画だという。

 大統領官邸のある街、孝子洞にすむ床屋ソン・ハンモ(ソン・ガンホ)は、
手伝いにきた見習いの女性キム・ミンジャ(ムン・ソリ)を、強姦同様にして妊娠させ、とうとう結婚してしまう。
そして、産むのをためらった彼女を、なんとか説得してナガンを(イ・ジェウン)を出産させる。
1961年の5.16軍事クーデターの後、彼はひょんなことから大統領の理髪師になった。

 大統領の散髪をするには、大変な緊張だったが、その見返りはあった。
大統領官邸に招待されたり、大統領の渡米に随行したり、我が世の春を謳歌できた。
しかし、幸運もここまでだった。
北朝鮮からのスパイ事件に巻き込まれて、息子のナガンが中央情報部で拷問を受けた。
釈放されはしたものの脚が立たなくなった。

 ハンモは床屋をそっちのけにして、息子を背負って国中の漢方医を訪ねる。
ここから彼の悲運が始まる。
息子の足を何とかと思いつつも、状況は好転しないまま月日が流れた。
1979年10月26日、大統領がパク部長に射殺されると、漢方医の予言を思いだす。
大統領の肖像写真の目玉から、絵の具をこそげ取って、菊の花に煎じて飲ませると、
足の萎えが直ると言われたのである。
命がけで、絵の具をこそげ取ってきて、息子に飲ませる。

 次の大統領からも、理髪屋をつとめないかと誘われる。
しかし、それを断った彼は、ぼこぼこにされて路上へ放り出される。
この映画は、権力に近づいた人間の栄華と、権力が凋落したときの落差を描くだけではない。
権力に近づくことそれ自体を描いているように思う。
選挙をとうして権力に近づくのなら良い。
当選できるのは限られている。
むしろ取り巻きのほうが多い。
取り巻きになる人たちを、この映画は暖かく描いている。


 ソン・ガンホからは木訥とした感じが、よく伝わってくる。
ヒロイン役をやったムン・ソリは、非常にうまい役者である。
存在感という言葉が使われるが、庶民を演じるには変な存在感などあってはいけない。
そうでありながら自然な人間らしさを、何気ない仕草のうちに表現するのがうまい役者である。
「浮気な家族」でも彼女の演技に感心したが、彼女はまさに定石とおりの演技をしている。

 ヒーローとヒロインは、それぞれ韓国を代表する役者だし、
小さな主題ながらお金もかかっている。映画としては標準的なできであるが、
韓国映画の裾野が広がっている証として、見ても損はない。
2004年韓国映画  (2005.02.23)

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