タクミシネマ       しあわせの法則

 しあわせの法則    リサ・チョロデンコ監督

 何が言いたいのか、ちょっと判りにくい映画である。
フランシス・マクドーマンド演じるジェーンが、音楽のプロデューサーという役回りで、バンドのメンバーとプールで絡むシーンが印象的である。
彼女の相手になる男性イアン(アレッサンドロ・ニヴォラ)とは、親子ほど歳が離れている。
しかし、2人の愛情関係は決して不自然ではない。
決して美人ではない彼女だが、充分に魅力的に見える。
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 ジェーンの息子サム(クリスチャン・ベール)とその恋人アレックス(ケイト・ベッキンセール)の話しから、映画は始まる。
2人はハーヴァードの医学部を卒業した。
アレックスは首席で卒業したが、恋人のサムが西海岸での研修を選んだので、一緒にカリフォルニアへとやってくる。
変わり者の母親だと、サムから説明されていいるが、やはり少し心配だった。

 2人は母親の家に住む予定で、予定では母親はすでに仕事を終えて、無人のはずだった。
しかし、ジェーンのシングルはなかなか完成せず、彼女とその仲間は仕事の真っ最中だった。
そこへアカデミズムの世界から2人がやってきた。
音楽と医学、なんとも適応しにくい関係だった。
この映画は、サムと母親とのトラウマともいうべき親子関係を基軸にしている。


 サムは音楽プロデューサーという自由業の母親への反動から、dignity=品位を保つことを自分の生き方としていた。
母親の自由奔放な生き方に対して、欲望を抑え常識を守って固く生きている。
しかし、それは単に母親への反発から形成されたもので、自己の素直な人間性をスポイルするものだった。
とりわけ音楽関係の人間と付き合うと、如何にもの堅物ぶりが露骨にでてしまった。

 静かなはずだった母親の家で、アレックスは論文を仕上げるつもりだったが、音楽の連中が気になって筆が進まなかった。
そのうちに、音楽をやっている連中の生き方に興味を持ち、サムにはない魅力を感じるようになる。
ジェーンやイアンの間に、いつの間にか呼び込まれていき、自由になっている自分を発見していた。
そんな空気を知ってしまうと、サムには何か物足りなさを感じ始めていた。

 一方、サムは研修先の病院でであった、1年先輩のサラ(ナターシャ・マイケルホーン)に好感をもつ。
実はサムだけではなく、サラもサムに好感をもっており、積極的に近づいてきた。
しかし、サムの前にはdignity=品位が立ちはだかり、アレックスの手前、サラに応えることはできない。
サラのアプローチに対して、精神的な関係でいようと距離をとる。
アレックスがジェーンやイアンと、親密な関係になろうとするのとは対照的に、彼は孤高を保つ。
アレックスとジェーン・イアンがベッドにいる場面に出くわして衝撃を受ける。


 この監督は「ハイ アート」で、女性のゲイを扱っていたが、この映画ではやや視点が変わっている。
かっちりとした常識というか、良識といった普通なら肯定されるべきdignity=品位が、実は人間の内面を押さえつけている。
既成の価値観を守ることは、一面では平穏さや賢さを保てるが、ほんとうにそれで良いのか、といった疑問があるようだ。
しかし、欲望の完全な解放は、アナーキーな状況を生みだし、人間関係それ自体が続かなくなる。

 自由な空気を良しとしながら、既成の秩序には距離をとり、それでいながら人間解放には臆病な感じがする。
このあたりの精神状況はよく判る。
麻薬などが普通の家庭にも、相当に浸透しているアメリカ社会では、欲望の解放を唱えることはリスキーである。
そうした状況を知るだけに、この監督は新たな世界を模索しているようだ。
それは、この映画の原題である「Laurel Canyon」という街のある場所からもよく判る。

 ハリウッドの北にあるこの通りも、ヒッピー文化を育んできた。
ヒッピーとは決して過激に変革を主張する者ではなく、むしろ自己を見つめる精神的な改革運動だった。
それはヒッピーが中流階級から生まれたことでも判る。
ヒッピーが生まれたこの地では、自由な精神文化の伝統があった。
そうした内面を追求する文化の歴史を、この映画からは感じる。
しかし、現在では情報社会化が進み、精神的な部分は目立たなくなっている。


 過激な主張には馴染めないが、常識に埋没するのは、人間性を喪失することだ。
そうした認識が、既に古典となったヒッピー文化への再確認として、この映画では語られているように感じる。
この映画の主張が、いわば先祖帰りであるので、主張がくっきとした視点を結んではない。
戸惑う精神状況には、共感を覚えるが、やや物足りないのも事実である。
次作に期待といったところだろうか。

 この映画は、六本木のヴァージン・シネマズだけの単館上映である。
便利になったとはいえ、繁華街とは言えない六本木に、のこのこ出かけていった。
そして、映画館にはいると、「アート・スクリーン」とか称して、劇場がレストランを通っていく場所にある。
この作りがとても不便である。
なぜレストランを通らないと、劇場に辿り着けないのか、不思議なプランである。
2002年アメリカ映画  (2004.05.07)

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