タクミシネマ         マッチスティック メン

マッチスティック メン   リドリー・スコット監督

 潔癖性の詐欺師が、子供に騙される話である。
アメリカ映画では子供が主題だとは、本サイトでは何度も強調してきた。
この映画も、成体化した子供が、大人の詐欺師を見事に騙す。
ここでは子供は保護の対象ではなく、大人のライバルである。
しかし、いまだ子供を保護の対象と見ているから、大人は子供に簡単に騙される。
マッチスティック・メン 特別版 [DVD]
劇場パンフレットから

 この監督は、「テルマ アンド ルィーズ」で、女性が自立して青春を謳歌する様を描いた。
「テルマ アンド ルィーズ」こそ女性の青春映画だった。
男性がしばらく前に通り過ぎた時代を、女性も確実になぞっていることを描き、男女差別の時代が終わったことを示していた。
そういった意味で、この監督は時代に実に敏感である。
すでに年老いているので、「テルマ アンド ルィーズ」のような歯切れ良さはないが、子供が現代の主題だと言うことは判っているようだ。

 浄水器を高く売りつけているロイ(ニコラス・ケイジ)が、相棒フランク(サム・ロックウェル)の誘いに乗って、大きな勝負に出る。
と同時に、別れたかみさんの子供だという女の子アンジェラ(アリソン・ローマン)が、彼の家に転がり込んでくる。
トヨタのソアラに乗る有閑階級の男を騙して、8万ドルをかすめようとするのだが、彼女を仕事に引き入れたことで、結局は自分が騙される。


 子供に騙されることさえ気がつかなければ、話は良くできており、それなりに楽しめる。
とりわけ、飛行場でのシーンから、その後にかけては実に綿密に組み立てられている。
おそらく破綻がないように、ストーリーを何度も何度も確認したに違いない。
しかし、当サイトは子供が大人と同じ、しかも成体化した子供は大人と同じだと考えるので、アンジェラが登場したとたんに結末が判ってしまい、この映画は興ざめであった。

 この映画の主人公は、もちろん中年オヤジの詐欺師だが、ヒロインは14歳の少女アンジェラである。
14歳の少女とは、当サイトが成体化した子供という年齢そのもので、あまりにも適合しすぎておかしくさえ感じた。
子供は自分の分身で、ある年齢になると、とても愛おしく感じられる。
若いときは、子育てに必死だが、余裕がでる年齢になると、必死さが消える。
そして、保護者意識が作為となって表にでる。


 親は子供と思っていても、成体化した子供は、親が考えるようには子供ではない。
すでに性体験もあるだろうし、肉体的には充分に成熟している。
ただ大人社会が20歳以下は子供だ、と決めたに過ぎない。
しかし、この決めは大人の思考を枠づけしてしまい、成体化した子供を自分と同じとは、どうしても見ることができない。
だから、簡単に騙される。
この構造に気づいているのは、さすがに時代を良く見ている。

 ロイの生活は、なかなかに裕福である。
地味なフォードにのり、クールな家に住んで、趣味も良い。
靴下に穴などあいていない。
しかも、潔癖性の彼は、整理整頓どころか、もはや病的である。
劇場パンフレットに、「イギリス人はおかしい」の筆者である高尾慶子氏が、スコット家の内情を暴露している。
それによると、リドリーはこの映画のロイ以上に潔癖性だそうである。

 潔癖性というのも、一種の現代病であり、精神的なものだ。
前近代では衛生観念などなかったから、食器だって簡単に濯ぐだけだった。
それが理由で死んだりはしなかったが、今では入念に洗った上に殺菌さえする。
潔癖症は現代病でもあるが、しかし、この映画に関する限り、主人公の潔癖症が効いていない。
わずかに精神科に相談することに繋がるだけだ。
あれなら対人恐怖症でも、アダルトチャイルドでも、何でも良かった。

 この映画に騙されれば、良くできていると言える。
しかし、成体化した子供を冷静に見ているので、騙されようにも騙されようがない。
そうすると、多くの画面がわざとらしく見える。
犬の置物だって、これは伏線だなと分かるし、アンジェラが銀行の貸金庫へ行けば、もうこの金は奪われるなと気がついてしまう。
楽しめないのは、残念でもある。


 そう思って振りかえると、だましの筋が綿密に構成されているだけに、綿密さが自然さに欠け作為的である。
良く詰められているが、破綻のなさを仕込むあまりに、大胆さや滑らかさに欠ける。
「テルマ アンド ルィーズ」では監督の力を感じたが、今回は上手く作ることに関心が向いて、映画としての衝撃力が落ちていた。
やはり歳と言うことか。

 アンジェラを演じたアリソン・ローマンが、いかにも14歳を表現し、実に上手かった。
しかし、実際の年を聞けば、彼女は24歳とか。
アメリカ映画界では、俳優の高学歴化が進み、アイヴィーリーグ出身も珍しくはない。
ジョディ・フォスター等も演技は上手いが、頭が勝った計算された演技である。
それに対して、彼女の演技は、ジュリエット・ルイスやデカプリオなどと同様に、天才肌のものだろう。

 アリソン・ローマンは「ホワイト オランダー」でも、子供役を見事に演じていた。
成体化した子供が主題の時代、しばらくは彼女にお呼びがかかり続けるだろう。
天才肌の役者は、ジュリエット・ルイスのように途中でつぶれてしまうことがある。
彼女には良いマネージャーがついて、俳優として大成して欲しいと願う。
  
  2003年アメリカ映画

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る