タクミシネマ        カンパニーマン

カンパニーマン  ヴィンチェンゾ・ナタリ監督

 人は資質を変えることはできない、そう思わせる映画だった。
インディ系の映画は、監督の個性が強くでる。
前作の「キューブ」1997から何年もたっていないから当然かもしれないが、表現者の資質は何作を経ても変わらないものだ。
この映画からは、優れた美意識と明晰な頭脳を感じる。
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 どろっとしたタッチの画面で始まるこの映画は、最初のうちは見る者の遠くにある。
多くの映画はタイトルが画面に現れたとたんに、観客を虚構の世界へと引きずり込むのだが、この映画はむしろ観客を拒否しているとすら思う。
スクリーンが観客を引き込むのではなく、観客のほうがスクリーンに集中することを要求してくる。
それでも見続けていると、この監督独特の世界を体験することになる。

 失業中で、かみさんに頭の上がらないモーガン(ジェレミー・ノーザム)が、デジコープ社の入社試験を受けに行く。
何をやっているか、得体の知れない会社なのだが、彼はスパイとして採用される。
彼の仕事は、アメリカ各地で開催される会議に忍び込んで、会議の内容を盗んでくることだった。


万年筆型の発信器を与えられ、会議を聞きながら内容を発信する。
簡単なスパイで、仕事はうまくいく。

 次も似たような仕事だったが、首から頭にかけてが痛く、眠りからも覚めるようになってしまう。
簡単な仕事ゆえに、当然に裏があり、じつはスパイを働いているように見せながら、彼自身がモルモットにされているのだった。
デジコープ社のライバル会社との間で、彼は二重スパイとなる。
しかし、途中で謎の女性リタ(ルーシー・リュー)が登場し、彼はその女性に翻弄される。

 話がきわめてややこしく、いったい何の話なのか、観客はなかなかついていけない。
結局のところ洗脳の話で、コンピューターのデータを盗もうとしているデジコープ社に、モーガンが乗り込んだという顛末がわかるまで、とても時間がかかる。
デジコープ社に入社するにあたって、自分を洗脳することが、この映画のトリックなのである。
普通は自分の思うように他人を動かすために、他人を洗脳するのだが、この映画では主人公が自分で自分を洗脳したのだ。


 このトリックはとても面白いのだが、惜しむらくは主人公の動機がイマイチ不明確で、それがこの映画を分かりにくくさせている。
動機がわからないから、観客は筋が追えない。
しかし、確かにこの映画にとって、動機は不要かも知れない。
通常の映画のように、起承転結といったお話の流れを大切にしたものではなく、個人の精神的な動きを機械的に捉えようとするものだろう。
そうした意味では、動機よりもその後の展開に意味がある。
前作も与えられた状況から、話が始まっていたから、同じ作り方である。

 オタッキーな男性のつくる映画そのもので、実に細かいところまで、観念の遊びが徹底している。
まさに男のつくる映画である。
今や女性たちも映画界で活躍しているが、女性監督の映画は具体的な主題を扱ったものが多く、観念の世界だけで遊ぶものは少ない。
近代は観念のうえに成り立ったとすれば、近代を男性が作ったのは必然だったろう。
アメリカン・サイコ」のような例もあるから、女性がどこまで論理の世界に踏み込むか、楽しみでもある。


 この映画はコンピューター的な世界を、もちろん前提にしているし、人間の精神をメカニカルなものとして捉え、情緒を排除したところで精神活動を成り立たせている。
薬を飲ませて人体を制御する発想といい、脳を直接コントロールする発想といい、実に機械的な感覚である。
しかし、最後では恋人との愛情へと結末するのだが、愛情と精神活動の繋がりには、どういった目配りあったのだろうか。

 自己洗脳という発想を、犯罪の解明に当てはめるたのは良いとしても、精神活動をメカニカルなものと見れば、愛情といった不定型なものこそメカニカルな分析の対象になるはずである。
対他的な犯罪分野では論理的な精神で、愛情には別の観点というのでは、論理性を欠くように思う。
そうは言っても、監督の明晰さは充分に感じ取れ、それなりに楽しめる。

 この手の監督の常として、ディテールには凝っており、洗脳する機械や仮想の空間での階段、通路のデザインは、実に面白い。
最初は冴えなかった主人公が、終盤では颯爽としてくる。
それにつれて、画面も色彩感が現実味をおび、暖かい色合いになっていく。
若い監督だと思うが、出資者を得て好きなことが実現できている。
こうした若き才能はわが国にもあるが、未知な作品にこれほどの資金がでるだろうか。
羨ましい環境である。

2001年カナダ映画

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