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子供のころ一緒に遊んだサムとシルヴィ(ブルック・ハーマン)。 幼なじみというより、淡い恋心さえもっていた。 夏休みでジェノアに帰省したとき、サム(ガイ・ピアース)はシルヴィを川遊びで死なせてしまった。 中学生くらいだろうか、すでに分別がつく年齢だったから、サムは心に大きな傷をもってしまった。
フェミニズムの話の多くは、小さな時に虐められたがゆえ、トラウマに悩まされるという。 被害者の話だが、この映画は殺したわけではなく、事故だったのだが、いわば加害者のほうの話である。 女友達の死が、心に重くのしかかっている。 事故だから誰からも責められはしないが、自分が自分を人一倍責めるだろう。 一生にわたって背負う断腸の思いに違いない。 事故から20年後、成人したサムは、田舎のジェノアからメルボルンにでて、精神科の医者になっていた。 そんな時、ジェノアで暮らし続けた父親が死んだ。 彼は葬式のために、ジェノアに帰る。 帰る列車のなかで、不思議な女性ルビー(ヘレナ・ボナム・カーター)と出会い、奇妙なことがおき始める。 列車のなかで会ったが、すぐに見えなくなった。 次にルビーに会ったのは、大雨のなか鉄橋から、彼女が河に飛び込んだときだった。 しかし、記憶喪失になっているルビーの対応は、定かではない。 催眠療法をほどこすと、ルビーはまるでシルヴィのようなことを言い出す。 最初のうちは、よく解らずに見ていると、 やがてルビーの言うことは、サムの隠された心だと言うことに気づく。 サムはかつての事故を心の奥に押し隠し、 記憶を抹消することによって、辛うじて自分の精神状態を保っていた。 事故を体験した場所に、20年ぶりに戻ったとことによって、 記憶が刺激されて心の扉が開かれ始めた。 「Till human voices wake us」という原題が、よくわかる。 現代社会のなかで、日常生活に忙殺されて、人間的な心を失っている。 それが共同体のなかで、自分の心と向き合うことができた。 一見するとこの映画は、現代を批判してもいないし、農村を肯定してもいない。 心の奥に閉じこめていたものが、何かの拍子に表に現れたと言っているだけである。 その舞台が田舎だったに過ぎない。 かつては子供がよく死んだ。病気もあったし、この映画のような事故も多かった。 夏休みが終わて学校へ行くと、必ず誰かの訃報に出会ったものだ。 今の生活では人の生き死にが、身の回りでおきることは少ない。 事故があっても、すぐに病院に運ばれて、我々の見えないところで死んでいく。 しかし、自責の念に駆られるような出来事は、現代の生活でも充分に起きうる。 生き死にが遠くなった分だけ、むしろ心の傷を見つめることは、現代のほうが精緻にされるかも知れない。 村の生活は、のんびりしているなかに、上下の身分秩序が残っていた。 そうでありながら、気の良い人たちの集まりである。 若い時代の描き方は、やや古典的とも言えるもので、 甘酸っぱい青春時代の様相が、画面によく表されている。 夏草の臭いが伝わってくるようだし、牛の出産の手伝いは、生命への驚きを教えてくれる。 みずみずしい自然があふれている。 ルビーが登場する後半は、雰囲気ががらっとかわる。 季節も夏から冬になり、晴れていたのが雨や雪になる。 昼のシーンが多かった前半から、後半は夜のシーンが多くなる。 すがすがしい空気から、どんよりと重い画面が多くなる。 この対比が、過去と現代だとちょっと困るが、精神状態の表現だけだと考える。 楽しかった青春、好きだったシルヴィの死、トラウマとなってしまった事故。 サムは重い心になった。 このゆっくりさは心を開いていく展開にあっている。 見終わった直後は、フジフィルムの色調が浅くて、この映画の心理描写には向いていないと思ったが、 1日たってから振り返ると、あの色調で良かったように思う。 こっくりしたコダックの色調では、青春の爽やかさというか、儚さのようなものは出なかったかも知れない。 特別なテクニックを使うことなく、普通に平凡に撮りながら、この監督はきめ細かく物語を展開した。 しかも、ヒーロー、ヒロインともに、決して美男美女ではない。 ヘレナ・ボナム・カーターなど、むしろブスに撮られている。 にもかかわらず、人間の心の本質へと迫っていく。 おそらく若い監督だろうと思うが、心の扉を開けさせた映画手法は、なかなかのものだと思う。 エンターテインメント系の人ではないが、今後の活躍が楽しみである。 星を一つ、献呈する。 2001年オーストラリア映画 |
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