タクミシネマ         ミルクのお値段

ミルクのお値段   ハリー・シンクレア監督

 ニュージーランドの映画は、わが国では公開されることが少ない。
農業国のイメージが強いが、この映画からは生活水準が高く、工業先進国と同じような心理に見えた。
もちろん舞台が舞台だから、近代や都市の殺伐さはない。
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 緑が果てしなく広がる牧場で、幸せに暮らそうとする恋人たちの話である。
ロブ(カール・アーバン)にプロポーズされて、結婚を間近にひかえたルシンダ(ダニエル・コ−マック)は、幸せいっぱいである。
しかし、幸せのままでいかないのが人間である。
彼女は幸せを確かめようと、ロブを困らせることをする。
まずミルクの貯蔵タンクに飛び込んでみせる。

 ミルクは売り物にならなくなって、1500ドルがパーになるのだけれど、ロブは彼女への愛情ゆえに許す。
その後のセックスは、いっそう燃え上がった。
親友ドロソファラ(ウィラ・オニール)にそそのかされた彼女は、ロブの牛117頭をたった一枚のキルトと交換してしまう。
相手はミセス・ジャクソンという森に住む精霊の老女だった。


 ロブは怒り心頭にはっし、ルシンダとの結婚はご破算。
ドロソファラに乗り換えてしまう。
この映画は、おとぎ話のような構成になっており、もちろん最後には縒りが戻るのだけれど、その辺のいきさつを不思議なタッチで描いていく。
幻想的なシーンと、夢のシーンが交錯しながら、話はルシンダの望んではいないほうへと、向かってしまう。

 森の老女とその子供たち。
子供といっても、すでに成人した男たちだが、彼らは突如として現れて、日常生活に介入してくる。
そして、通常の話を飛ばしてしまう。
森に住む霊というのは、農業が中心の地域では、どこにでもあるものだ。
この映画でも、ロブたちの住むところは農業地帯だから、見たことはなくても誰でもがジャクソンを知っている。
わが国にも、山の神といった言い伝えがあった。

 この映画の人物設定は、極端である。
男性のロブはまじめで単純で、働き者である。
男性友達も、同じように純朴な設定だが、女性のほうはまるで違う。
ルシンダにしても、ドロソファラにしても、屈折しているのである。
女性たちの心理は、農村地帯の純朴さと言うにはほど遠く、むしろ都市的な自分への自意識がすこぶる高い。


 農業社会では、各人が役割に生きたから、愛情がなくても結婚生活が成り立った。
結婚の条件はまず健康で、働き者であること。
女性は出産に耐えられるかが、一番の問題であった。
堅気の人間たちには、美醜は大した問題ではなかった。
近代のサラリーマンたちには、田畑といった継承すべき財産はない。
だから現代社会では、家庭内の役割は喪失し、結婚の条件は愛情になった。

 愛情が男女の仲をとりもつとは言っても、その愛情に素直に信がおけなくなっている。
それはこの映画で、男性は働いていながら、女性が仕事らしい仕事をしていないことからも伺える。
かつての農耕社会なら、女性も農業の働き手だった。
しかし今では、男性支配の社会のなかで、女性の労働は位置がない。
そんな状況が、彼女にロブの愛情を確かめさせるのだろう。
もちろん結論は、愛情を確かめてはいけないと言っているのだが、まるで、<番町皿屋敷>である。


 ルシンダの小さな靴へのフェティシズム、牧場に住んでいながら広所恐怖症の犬、夢と現実の錯綜など、おもしろい設定である。
また、少ない登場人物、ストレートなカメラワーク、アルミチューブのメタファーなど、素朴な映画のつくりであるが、コミカルなところがいい。
ファンタジーというと、アニメやSFXの多用を想像するが、映像技術はそれほど問題ではない。
観客の頭のなかにどんなイメージを、植え付けることができるかが、映画の映画たる所以である。

 この監督は「トップレス」でも、揺れ動く女性心理を扱っており、現代社会を女性のおかれた状況から、捉えているのだろう。
近代になって、女性は生産労働から排除された。
それがいかに女性の地位を下げたかに、わが国のフェミニズムはいまだに気づいていない。
問題は専業主婦ではなく、女性に仕事を与えないことだ。
星こそつけないが、見て損はない不思議な映画である。

 ところで、変形と言うよりメモ帳みたいな劇場パンフレットは、何を考えて作っているのだろうか。
デザインで勝負するなら、版形を変えることはない。
保存に不便で仕方ないので、B5とかA4にしてほしい。

2000年のニュージーランド映画 

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