単純でパターン化した物語だが、方言など細部まで神経が行き届き、丁寧に作られた映画である。 カメラも良く、星一つを献上する。 1985年のイギリスの炭坑町、ここもご多分にもれずの閉山騒ぎで、労働者はスト決行中である。 ビリー(ジェイミー・ベル)の母親は死んでしまった。 11才の彼は、父親(ゲアリー・ルイス)と兄のトニー(スチュアート・ウェルズ)、それにすこしぼけ始めた祖母(ジーン・ヘイウッド)の4人暮らしである。 父親がスト中なので、家は裕福ではない。
炭鉱従事者は典型的な肉体労働者である。 「ハマータウンの野郎ども」をもちだすまでもなく、肉体労働者の世界はマッチョが支配する。 農耕社会の肉体労働者とは異なり、工業社会の肉体労働者は男性役割・女性役割が、はっきりと決められた世界に生きる。 父親も兄も組合員で、マッチョそのものである。 ビリーにもマッチョな生き方が選択され、ボクシングをならうようにし向けられていた。 ある日、ボクシングの練習場にバレエの人たちが合流する。 ビリーはボクシングよりバレエに興味を感じ、父に内緒でバレエを習い始める。 彼にはバレエがあっていた。 ウィルキンソン先生(ジェリー・ウォルターズ)は彼の才能を認め、個人教授が始まる。 しかし、父や兄はバレエなど女のするものだ、と大反対である。 熱心に練習を続けると、やがて父親はその熱意に動かされ、彼を応援し始める。 そして、ロイヤルバレー・アカデミーの費用を、工面するためにスト破りまでする。 ビリーはオーディションに合格し、成人後の舞台をちょっと見せて、映画は終わる。 この映画も、不景気ななかに明るい話題を持ち込み、それを家族が支えるという構造は、「ブラス」とまったく同じである。 「ブラス」が、吹奏楽団という聴覚に訴えたのにたいして、この作品はバレエという視覚に訴えた点が、映画向きだった。 しかも、マッチョな家族のなかでのバレエというのが、ちょっとひねりを利かせて成功した原因かもしれない。 ゲイ指向の友人マイケル(スチュアート・ウェルズ)も良かった。 ビリーの踊りは荒削りながら、内面からほとばしり出るような表現力が感じられ、魅入らせる何かがある。 彼が無心になっていき、宙に躍る様は、ぎこちないなかにも彼自身が良く現れている。 また、この映画はカメラが素晴らしく、きまった構図が次々と展開する。 ビリーが階段の上で踊るシーンは、建物と階段の切り取る画面が美しかった。 白いヨットがゆっくりと走るのを背景に、両側に家が並ぶなかをビリーが踊りながら登ってくるシーンも良かった。 ステップから踊りが始まるのも、上手い演出だと思う。 バレエのウィルキンソン先生役をやったジェリー・ウォルターズが、何気ないなかに心を表現する上手い演技だった。 一つ驚いたのは、ビリーへの手紙をだれも開封せず、彼の帰りを待っていることだ。 手紙の中身を家の誰もが知りたいのは、画面から良く伝わってくる。 でも、大人たちは開けないで、我慢する。 たった11才の子供への手紙を開封しない精神状況こそ、プライバシーの何かが分かっている近代人なのである。 肉体労働者にまで、浸透している近代に驚嘆する。 開封を待つことだけをとって言うのではない。 映画全体を貫くものが、子供にはっきりと意見を言わせ、子供の自主性を重んじる姿勢が貫かれている。 それは父親とはもちろん、ウィルキンソン先生との対応にも見られるし、オーディションの審査員たちにも見られた。 親が子供のことを心配するあまり、子供のプライバシーの世界まで、踏み込んでしまうように感じる。 11才の子供は半人前だから、手紙も親が開封して良いのだと言いかねない。 親切心が子供の自発性を押しつぶし、反対に親も子供から自立できない状況を作っているように感じる。 プライバシーを守るというのは、自分の興味を押さえることでもあり、きわめて大人の資質が要求されるのだ。 自由であることは、厳しいことでもある。 最後にちらっとでた成人後のビリーは、アダム・クーパーというイギリスの有名ダンサーが演じた。 右から左へとたった一度だけ飛んだだけだが、大きくて柔らかく素晴らしい跳躍であった。 やはり演者の格が違っており、あのワンショットだけで名前がクレジットに出るだけのことはある。 2000年のイギリス映画 |
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