タクミシネマ        季節の中で

季節の中で         トニー・ブイ監督

 ヴェトナム生まれでアメリカ育ちの男性監督が、ヴェトナムを舞台に撮った映画である。
アジアのゆっくりした時間の流れのなかで、原題の「Three Seasons」というとおりに、さまざまに三つの事柄を象徴して描いていた。
(ただし、ヴェトナムには雨期と乾期しかない)
ヴェトナム戦争での傷をいまだに引きずるアメリカ人たちには、この映画が特別のものに見えたらしく、サンダンスでは多くの賞を取っている。

季節の中で [DVD]
劇場パンフレットから

 サイゴンを舞台に、三つの話が始まる。まず、キエン・アン(グエン・ゴック・ヒエップ)という少女が、金持ちの家に住み込む。
翌日から彼女は蓮の花を、サイゴンの市内に売りに行く。
若いときには好男子だったこの家の主人ダオは、ハンセン氏病にかかり、今では蓮池の中の家にひっそりと住んでいた。
キエンの歌を聴き、彼はキエンに詩作の手伝いを頼む。

 次は、シクロの運転手ハイ(ドン・ズオン)が、娼婦のラン(ゾーイ・ブイ)に寄せる思い。
ランはマジェスティック・ホテルのような高級ホテルに泊まる客を相手にする娼婦だが、いつかこうした高級ホテルに泊まれるようになりたいと、上昇願望に燃えている。
彼女を助けたことからハイは、彼女に好感を持ち始める。
シクロの運転手がよせる娼婦への恋だから、ほの哀しく胸がつまるような関係である。

 もう一つは、ウッディ(グエン・ヒュー・ドゥオック)という物売りの少年が、アメリカ人のジェイムズ(ハーベイ・カイテル)にビールを飲まされ、ちょっとうつらうつらしているうちに商売道具の箱を盗まれる。
ウッディがその箱を捜しながら、街を歩く場面が、ジェイムズの子供探しと重なって描かれる。

 別々の三つの話を軸に、庶民サイドから見たヴェトナムを描いて、映画は進んでいく。
ダオ家の蓮の花は、サイゴン市内でも素晴らしいと評判であるが、最近は人造花が出回りはじめ、なかなか売れなくなってきた。
ヴェトナムは今、新たな商業主義が奔流し、旧来の文化が凄まじい勢いで変革されている。

 ダオの美しい詩心も、ハンセン氏病には勝てない。
ダオ家が象徴する古き良き文化の衰退である。
蓮池とその中を動くキエンの舟が、やや逆光のなかでコダックフィルム特有の微妙な色を見せる。
美しくも頼りなげな画面が、古くからのヴェトナム文化の黄昏を印象づける。

 シクロの運転手ハイは、かたときも本を離さない男で、ここがちょっと不思議である。
顔立ちもシクロの運転手にしては奇妙なことに、きわめてインテリ風である。
しかも、すでに中年になっている彼には、上昇志向はなく現状維持的である。
彼は新興成金の相手をするランに、単なる恋心だけではない複雑な視線を投げかける。
当初ランは、ハイを迷惑そうにするが、いつか心が通いあう。
娼婦をやめたランを、真っ赤な火炎樹の繁る並木道に連れていく。
そこは赤い花びらが風に舞って、地面にたくさん落ちている。
そこでハイは、一冊の本をランに手渡す。
識字率の高いヴェトナムといえども、やはり不思議なシーンである。

 先進国の娼婦は、自ら進んで身を売るから、身も心もプロの娼婦になる。
途上国では、生活のために身を売る。
不本意な心境で、醜業に付かざるを得ない。
だから、娼婦といえども、心は汚れていない。
ここでは汚れた身体に、美しい心という二律背反が成り立つ。


 途上国では、本音と建て前の使い分けが生まれる。
売春婦という認めたくない職業従事者も、彼女の内心は美しいのだという正当化が生まれる。
そうして自己の存在を正当化しなければ、途上国では生きていけないのである。
売春婦のどこが悪いのか、売春婦は肉体労働者だ、売春婦はセックスワーカーだと開き直るには、まだ社会の成熟度が低い。

 ウッディとの絡みで描かれるジェイムズは元アメリカ軍の兵士で、ヴェトナム人女性との間に作った子供を捜してサイゴンに来た。
ただの兵士が子供捜しに来ることができるアメリカと、置き去りにされた子供を捜されるヴェトナム。
意図は分かるが、このあたりの展開はかなりご都合主義的で、肯首しかねる場面が多かった。

 この映画は全体的に言って、監督の祖国ヴェトナムに対する想いが先走ってしまい、主張を観客に伝える冷静さを失っているようだ。
また、ヴェトナムに対するアメリカ人の屈折した想いが、この映画全体を貫いており、それを共有できない我々としては理解しがたい部分もあった。

 ベトナムの蒸し暑さが何度も口にされたが、流れる汗を見せられても、画面からはその厚さは伝わってこない。
むしろ、雨のシーンが強烈で、雨のなかのジメジメ感より水の冷たさを感じてしまった。
同じヴェトナム人女性の撮った「愛のお話」ほどひどくはないが、印象的な画面もありながら、イマイチの映画だった。
もう少し脚本を練り上げて、主題を鮮明にしたほうが良い。
近代と前近代がせめぎあう姿を、世界中のいたるところで見る。
ヴェトナムも例外ではない。

1999年のアメリカ映画。


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