タクミシネマ        クレイドル・ウィル・ロック

クレイドル ウィル ロック    ティム・ロビンズ監督

 1936年頃のアメリカの演劇界の話である。
この時代、アメリカは不景気にあえいでいた。
1929年の大恐慌から立ち直れず、マッカーシー旋風が吹き荒れていた。
演劇関係もご多分に漏れず、仕事はなくなってレイオフの嵐が吹いていた。

クレイドル・ウィル・ロック [DVD]
 
劇場パンフレットから

 オーソン・ウェルズ(アンガス・マクファデン)が演出する「クレイドル ウィル ロック」という演劇は、そうした厳しい状況のなかで、上演の日をめざして準備されていた。
この演劇は、金持ち社会の批判を内包しており、当時のアメリカ政府からは共産主義的なものと見なされていた。
そのため、単に予算が厳しいという理由だけではなく、イデオロギー的な意味でも警戒され、その上演を止めるためとも思える政府の決定があった。
そして同時に、演劇関係者の20%もの人員削減を発表した。
そのうえ労働組合が政府の決定に同意し、組合員の就労禁止をうちだし、俳優たちは出演ができなくなってしまった。
組合の決定に違反すれば、明日からは就労禁止。つまり失業である。

 しかし、非組合員の独り芝居という形で、劇場を移して決死的な上演が開始された。
劇が進むと、ヒロインに抜擢されていたオリーヴ(エミリー・ワトソン)が、たまらずに客席から自分の台詞を言う。
それにつられるようにしてアルド(ジョン・タートゥーロ)が台詞を喋る。
組合の指令に反した演劇活動が、職を失うことになるのも忘れ、客席と舞台の劇場中を使って劇は進行を始める。
最後は、多くの俳優が上演に参加し、感動的な幕切れになる。
もっとも劇場パンフレットによると、舞台の上で演じると組合の指示違反になるが、客席での演技は対象外だったという。
ハプニング的展開が演出だったという説もあるらしい。

 映画の骨になるのはこれだけだが、当時の社会状況を下敷きにし、大不況のなかでも演劇に打ち込む人たちを描いた、一種の芸術至上主義を謳った映画である。
当時のアメリカ政府の政策と、組合の板挟みになりながらの状況を背景にした、群像劇である。
資本家たちの動向、イタリアのムッソリーニとアメリカの関係、貧乏な労働者といった複雑な背景のなかで、舞台表現に打ち込む演劇人たちを丁寧に描いている。
前半はその丁寧さが、やや裏目にでている。
話題をたくさん盛り込みすぎて、話が散漫になっている。
が、後半にはそれが集約されてきて、大きく盛り上がってくる。

 1917年にロシア革命がおき、ロシアは飛躍的な発展を遂げ始めたように見えた。
それにたいして西側諸国とくにアメリカは恐慌に襲われて、意気消沈していた。
この時代背景が、アメリカの汚点とも言える赤狩りを生んだのだが、演劇界にもその影響は大きかった。
そうした事情が良く映画に反映され、当時の事情を知った人なら、あれが誰でこれが誰だと面白く見たことだろう。


 エリア・カザンのオスカーにおける功労賞にたいして、未だに拒否の反応を示した人たちがたくさんいたようだから、アメリカの赤狩りも様々に厳しいことだったのだと思う。
厳しい時代のなかで、自分の信条を貫くのは本当に大変なことである。
時代が流れるなかで、良心を保つことに今一度心させられた。

 当時の演劇は、ロシアのスタニスラフスキー・システムなどの影響を受けて、メソッド演技を開発していた。
ジョン・タートゥーロなど出演者の演技は上手いが同時に堅かったのは、その演技にならったせいか。
ラグランジェ伯爵夫人を演じたヴァネッサ・レッドグレイヴの演技は自然で滑らかだった。
マルゲリータ・サルファッティを演じたスーザン・サランドン、ヘイゼル・ハフマンを演じたジョーン・キューザックなどキャスティングが良かったが、オリーヴを演じたエミリー・ワトソンは本物らしくなくてミスキャストだったと思う。

 充分に楽しめる映画で星一つを付けるが、人物の描写がやや単調で一面的であった。
もっともっと功罪相半ばする人間性があるはずである。
歴史に借りているからかも知れないが、人間はもっと複雑な存在である。
時代のなかでの人間像を描くことに拘泥したためか、いまいち人間の膨らみに欠けた感じがする。
そうは言っても、多くの人物を登場させ、それぞれに役回りを果たさせていたことは、充分に評価すべきだと思う。
ティム・ロビンズは、前作「デッドマン・ウォーキング」から随分と演出が上達したようだ。

1999年のアメリア映画


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