タクミシネマ        ボーン・コレクター

 ボーン コレクター    フィリップ・ノイス監督

 両肩と右手人差し指を除いて、首から下がまったく動かなくなってしまった刑事リンカーン(デンゼル・ワシントン)は、捜査にかけては天才だった。
その頭脳は、体が動かなくなっても、捜査には充分だった。
ベッドに寝たきりでありながら、若い女性警官アメリア(アンジェリーナ・ジョリー)の協力を得て、連続殺人事件の解明に向かう。

ボーン・コレクター [DVD]
劇場パンフレットから

 障害者になる以前は、犯罪に関する著作もあり警察学校の教官も務め、リンカーンはきわめて有能な刑事だった。
彼がかつて逮捕した警官のなかに、彼を恨み彼に挑戦した男がいた。
「ボーン・コレクター」という古い本に書かれた事件を、次々に再現し、リンカーンの捜査能力に挑戦してきた。
この手の連続殺人では、古い事件をなぞるという話が時々登場する。
コピー・キャット」もそうだったし、見方によっては「セヴン」もそうである。

 今日のように豊かな社会では、やむにやまれずに犯罪に走るという生活困窮型は、むしろ簡単に逮捕に至るだろう。
生活困窮型の犯罪は、動機もはっきりしているし、完全犯罪を狙って行うという発想は薄い。
しかし、自分の能力を試してみたいために犯罪に至る興味追求型は、いかにも情報社会の観念だけで生きる現代人のものである。
興味追求型の犯罪には、これと言った動機もないし、逮捕されないことを念頭に置いているから、完全犯罪指向が強い。
この映画でも、彼の著作の題名は「完全犯罪」である。

 この映画の設定に無理があるのは、製作者たちも充分に承知だろう。
科学捜査の今日、通常に考えれば、現場を見ないで捜査することはできない。
捜査の基本は、現場に始まって現場に終わるといわれるように、現場の細かい検証が犯人逮捕につながるのは間違いない。
現場をみずして犯人逮捕へと至るとは思えない。
しかし、頭脳と肉体が分離を始めた今、頭脳だけで何ができるかを考えることは、体だけ何ができるかを考えることでもあり、きわめて今日的な問題設定である。

 寝たきりのリンカーンに前には、大きなモニターがセットされ、それをとおして彼は何でも見ることができる。
また、データーの検索などには、コンピューターが彼の思考をおおいに助ける。
そして、現場捜査にあたるアメリアが、常人以上の注意力をもって報告をしてくる。
中年男性の頭脳と若い女性の行動力という設定も、やはり今日の状況を反映している。
積み上げたデーターに基づく捜査は若い人には、経験不足からくる判断力の欠如があるだろう。
司令塔になるのは今のところ中年男性にならざるを得ない。
リンカーンの役は中年女性ということもない。

 アメリアの役は若い男性かというと、男性同士ではライバル意識が強すぎて、頭脳と肉体の役割分担は上手くいかないだろう。
現在のところ、男性であれば若くても、リンカーンの仕事の後継者であるから、なかなか素直に彼の指示には従えないだろう。
では中年女性のアメリアがあるかといえば、それでは完全な女性蔑視になってしまう。
必然的に中年男性と若い女性という組み合わせにならざるを得ないのだ。
もう少し時間がたち女性の職業人がキャリアをつめば、リンカーンの役を中年女性がやることも可能だろうし、反対にアメリアの役を若い男性がやることも可能になるだろう。
でも、両者が同性というのは難しい感じがする。

 最初のうち、リンカーンの指示にアメリアが反発するシーンが何度もでてくるが、あの反発は納得できる。
むしろああした反発がないとしたら、アメリアの人権を無視したことで、個を大切にするアメリカ的ではない。
駆け出しの若い警官であっても、上司ともろにぶつかることができる社会だからこそ、頭脳と肉体の分離が可能になるのだ。
身分や役割に縛られた社会では、頭脳が完全に自由になることができない。
そのため、発想は自由に飛翔しない。
頭脳が自由にならないことは、もちろん肉体が自由にならないことでもある。
属性でものを考える社会は、科学的な発展は望めない。
王様をいただいたままでは、近代化はできない。

 この映画の謎解き自体は、それほど高度なサスペンスではなく、最後のどんでんがえしも意外性に欠ける。
けっして優れたサスペンス映画というわけではないが、映画の設定が今日的で大いに考えさせられた。
リンカーンの付き添い婦をやっていたセルマ(クィーン・ラティファ)が、いい雰囲気だった。
アメリアが現場で着るユニフォームが、彼女の体にあってなくて不自然な感じがしたが、これはこうしたユニフォームが男性の体を規準にしてデザインされているからだろう。
社会的に男女が同質になっても、肉体の形まで同じになるわけではないので、個別的な男女差は残らざるを得ない。

1999年のアメリカ映画。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る