タクミシネマ        ビューティフル・ピープル

ビューティフル・ピープル    ジャスミン・ディズダー監督

 ボスニアの戦禍を逃れて、イギリスに来た人たちを描いた映画である。
クロアチア人とセルビア人が激しく対立する地域からは、難民がたくさん生まれている。
彼等の何人かはイギリスに逃れた。
中には不法滞在になっている人もいるが、イギリス国籍をとって、イギリスで生活を始めた人たちもいる。
そうした人たちのイギリスへの定着を、迎え入れるイギリス人との交友を暖かくコミカルに描いている。

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劇場パンフレットから

 クロアチア人(ファルーク・ブルティ)とボスニア人(ダード・イェハン)が、バスの中で遭遇すると、そこでも諍いが始まる。
二人とも怪我をして、病院のしかも同じ病室へ。
諍いは延々と続く。また、妊娠している女性ジェミラ(バレンティーネ・キオルギョーワ)は、臨月が近づいても嬉しくない。
強姦された結果の妊娠であり、夫イズメット(ラドスラブ・ヨーロウコブ)の子供ではない。
医者のモルディ(ニコラス・ファレル)に説得され、結局は出産する。
それに感動したモルディは二人に自分の家を提供する。
この医者のモルディが離婚しており、奥さんに二人の子供を奪われるが、他のエピソードとは違ってやけにリアルである。

 オランダに遊びに行っていたグリフィン(ダニー・ナスバウム)は、麻薬で意識不明のまま援助物資とともに、ボスニアへ送られる。
そこで訳が分からないまま、ボランティアのようなことをする。
それがBBCのレポーターであるジェリー(ギルバート・マーティン)のカメラに収まってしまう。
それを見た両親は息子の行動に感動し、ボスニアからの子供の難民を一人引き受ける。
しかし、ジェリーはボスニア後遺症になって、精神科医の診療が必要になる。
このあたりは、イギリスやら国連などの援助国への皮肉が見え隠れする。

 ユーゴスラビアから逃れてきた男ペロ(エディ・ジャンジャーノビィテ)は、交通事故にあって入院。
そこで見初めた女医さんのポーシャ(シャーロット・コールマン)と結婚する。
これには考えさせるところが多かった。
ポーシャの家庭は上流階級で、ペロはバスケットの選手だったというが、イギリス人から見ればペロは田舎者である。

家族はポーシャの結婚に必ずしも賛成ではない。
しかし、ペロがピアノを弾くと、その上手さに家族たちは驚嘆する。
やはり彼等は同じ文化の人間なのである。
もし、アジア人がああした状況で楽器を演奏するとしたら、決してピアノではない。
普通のヨーロッパ人が、アジアの古典的な楽器の音色に、素直に感動できるだろうか。

 クロアチア人にしろセルビア人にしろ、アジア人よりはるかにヨーロッパ人に近い風貌である。
わが国では、ボスニアの紛争は良く判らないところが多い。
しかし、この映画を見ていると、なぜヨーロッパ人たちが、ボスニアに強い関心を持つのかがよく判る。
ボスニア紛争は決して遠い異国の出来事ではなく、同じヨーロッパ内での出来事なのだ。
しかも、同質の問題をイギリスは北アイルランドでかかえており、その他の国にしても国内の事情は多かれ少なかれ共通なのだ。
だから、彼等にとってはボスニアは他人事ではない。

 この映画も、誰でも平和に暮らせる社会をと、愛情讃歌を謳っている。
しかし、この映画がよって立つ愛情は、あまりにも包括的すぎてとらえどころがない。
愛情を大切にしようとは、誰でも言うし誰も反対しない。
映画の最後で、多くの家族がみんなで楽しげに踊るシーンがあるが、それならなぜ戦争が始まったのだろう。
愛情があるなら、いや愛情があるから、戦争が始まったのではないだろうか。
家族への愛情、故郷への愛情、民族への愛情、祖国への愛情などなど、こうした愛情が戦争を支えているのではないか。

 無限定的な愛情の讃歌は、何も言っていないに等しく、むしろ反対に状況をこじらせる働きすら持つ。
この映画がいっている愛情は、むしろ古い感覚のように感じる。
愛憎は裏表であり、こうした無限定的な愛情の強調は、反対に憎悪をも強調することである。
1961年ボスニア生まれのジャスミン・ディズダー監督は、ボスニアの状況に心を痛めているだろうが、この映画のスタンスでは何も解決しない。
戦争下にあっても笑いを忘れず、この映画がコミック仕立てのところが救いである。
同じ主題で「ウエルカム トゥ サラエボ」が97年に撮られている。

1999年のイギリス映画。


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